【対談】呉智英×南伸坊による水木しげる論(『ガロ』より)

呉智英と南伸坊による水木しげる論

出典:月刊漫画『ガロ』(1992年頃:失念)より


呉智英:やっぱり一番ヘンなのは水木さんだよ。普通会話って順序よく一、二、三、ってくるでしょ。でもあの人の場合はそうじゃない、もう自分しかないからさ(笑)。オレ、どうしたらこういう質問がでるのか、と思ったのはさ、三島由紀夫の事件の後、決行の前日、楯の会の会員たちと衆道のちぎりをしたので、三島と他の会員の肛門から精液が検出されたという噂ですよ、と言う話をしたの。

 

で、普通は「えっ、ホントかっ」とかそういう言葉が出るでしょ。でも、水木さんは「それで、キモチいいんですか」っていうんだよ(大爆笑)。普通質問ってそんな方向にいかないじゃない。もうベクトルが全然違う方向に行っちゃっている(笑)


同じような話でさ、74、5年のころね。死んだ戦友が眠る場所に行って酒を注いだりしたわけ。でさ、水木さんは「戦争を体験した人が皆、よく戦場跡に行ったりするけど、なんでそこに行くのか自分はよくわからんかったですよ。でも行ってみてやっとわかりました」って言うの。

 

続けて「戦友が次々と死んでいったところへ来るとですなぁ」って言うから、ま、自分だけ生き延びて申し訳ながいが祖国もこれだけで立派になった、そういう気持ちで来るんだと言うと思うだろ、普通は。

 

でも水木さんは違うんだよ。「戦友が死んだところに自分一人元気で来るとですなあ、愉快になるんですよ」っていう(大爆笑)もう全然ちがう!「戦友は苦しんで死んでいったのに、自分は元気で楽しく生きている、こんなに愉快なことはない。それを確認しに皆行くんだろう」ってさ、全然違うこというんだよね。


南伸坊:あの、愉快ってのがまた、水木さんの発音だとものすごく愉快そうなの。「ユクワィ!」っていうんだよね(笑)。

 

呉智英:水木さんは自分の事と自分の快楽しか考えていないから。だって食べることと寝ることが好きだっていうのはそういうことでしょ。水木さんって現実讃歌っていうか凄く現実肯定っていうのがあるね。だから俺は水木さんが霊だとかなんとか言っているけど、あんまり信用していない(笑)


南伸坊:いや、両方あるんだよ。

 

呉智英:おれはあまり信用できない(笑)

 

南伸坊:でも水木論としてはそっちのほうがおもしろいね。そんな風に思われていないから。水木さんといえば神秘的な方だけの人だと思われているからね。


呉智英:経済感覚も凄いんだよね。苦労してきたこともあるんだろうけれど、家賃なんて払うのはバカバカしいから無理しても家を買ったりして。買えばやがては自分の物になるし。無駄と思ったことは一切しないんだよ。でもケチではない。資料もどんどん買うし家も狭いと思ったらまた作っちゃうし。

 

南伸坊:生活者としてものすごく健全で、しかもものを創っている人って珍しいよね。

 

呉智英:すごく珍しい!

 

編集部:こんどのカラー原稿だって、本当だったら凄い原稿料なのに、ガロは凄い額なんて出せないから。でも水木さんは「発表することに意義があるんです」って言ってくだすって。


呉智英:そういう駆け引きが全然ない人なんですよ。ただ芸術好きなやつは本当に生活感覚がないやつが多いけど、水木さんは芸術好きでかつものすごい生活感覚がある人なんだよね。

 

南伸坊:それってすごいことだよね。


呉智英:だからさ、さっきの現実肯定じゃないけどさ、同業者の話なんかすると、俺が水木しげるさんに「昔○○って漫画家いましたよ」っていうと「あぁ、いましたね」で、「今どうしてるんでしょうねぇ」って聞くとさ「うーん、餓死でしょ」っていう(笑)今あまり見ない昔の人は誰でも「餓死とちがいますか」って(大爆笑)“餓死”にアクセントをおいて得意気に喋る(笑)。水木さんが得意がることないんだよね(笑)