「コドモノクニ」3

 一方、一度も海外に渡ることなく、西洋風のデザインや題材を巧みに取り入れ、親しみやすい絵柄で支持されたのが岡本帰一だった。「コドモノクニ」の絵画主任を務め、同誌の画家としては最多となる501点を発表。その絵には当時の日本の子どもたちの憧れがつまっている。


「岡本帰一の絵に描かれているセーターを見て、着てみたいなあと憧れたものです。テーブルがあるおうちもそんなになかった。当時としては最も先端を行く生活が描かれていました」

 

 岡本の「ワタシ ノ オヘヤ」の絵で少女が着ているセーターの柄もよく記憶しているという。卓上には人気を集めていたセルロイド製のキューピー人形が見える。切り絵や折り紙などよく子どもの生活を表している。

 

 2歳から母親に「コドモノクニ」を読み聞かせてもらっていたという松居氏は、絵は「見る」ものではなく「読む」ものだと強調する。母に絵雑誌を読んでもらい、耳で言葉に触れ、目で絵に触れる。北原白秋が作詞した有名な童謡「アメフリ」。絵は作者不詳だが、言葉のリズミカルな調べとともに絵をじっくり見てみよう。左の少年たちはどんな会話を交わしているのだろうか。遊びの約束か、内緒のお話か、空想が羽ばたき、絵が動いて物語が立ち上がる。

 

 絵と言葉を組み合わせた「コドモノクニ」は幼児期の想像力を育んだ。音楽を加えた童謡は650冊以上生まれている。このころすでに鈴木三重吉による童謡と童話の雑誌「赤い鳥」があったが、対象は小学校中学生から。「コドモノクニ」はもっと幼い読者に鮮烈な記憶を植えつけた。白秋と野口雨情、西条八十、サトウハチローらが寄稿し、中山晋平らが作曲。松居氏は言う。「豊かな日本語の体験を持った詩人が新しい形で言葉を伝えた。「コドモノクニ」は童謡雑誌だったといってよいでしょう」

 

 それはあからじめ学校教育を意識した唱歌とは離れた、子どものための芸術性豊かな歌謡だった。言葉、絵画、音楽。「コドモノクニ」は五感を総動員して味わうものだったのである。(日本経済新聞)