清里現代美術館館長 伊藤修吾インタビュー1

-ボイスを中心とした現代美術のコレクションは、いつ頃から始められたのですか。

 

伊藤:ポスター等が最初ですから、作品のコレクションとしてはかれこれ20年以上前だと思います。美術の教師をしている弟(伊藤信吾)が中心になって集めました。

 

-美術の教師が現代美術にかかわっているといのは珍しいですね。僕らが教育を受けた時代というのは、せいぜいポップアート止まりですよね。それ以降の美術に関しては何の教育も受けていない。


伊藤:私も弟に影響をされながら現代美術を見始めたのですが、最初はポップアートのポスター辺りからでしたね。その頃はジャコメッティとかデュビュフェのポスターや版画、日本でも恩地孝四郎さんの版画など見た記憶があります。

 

-現代美術の作品を集められるようになったきっかけは何だったのですが。

 

伊藤:弟に聞かないと正確には分からないのですが、自由が丘画廊とかかんらん舎、南画廊等の名がよく出てきます。

 

-その当時現代美術をあつかっていた画廊は1%ぐらいの確率ですよね。それにしても、プライベートでボイスをはじめフルクサス、ライナーなど観念的なアートをこれだけ集めたというのは驚きですね。

 

伊藤:コンセプチャル・アートという面が強く出ている美術館なので、人によってはどうしても難しく考えてしまう。でも「アイデア芸術」という感じで見ていただければ楽しめると思うんですよ。この美術館は、我々が生活や社会の中で今まで気がつかなかったアイデアを与えてくれるきっかけ、仲立ちみたいなものです。「現代美術って何ですか」と聞かれたら、私はいつもそれは「変わりなさい」ということですよと答えるんです。変わりなさいということはどういうことかというと、「戦後50年の生き方を変えなさい」ということです。それは今の日本に要請されている最大のものだと思います。現代がいろんなものを紛失しているのは、戦後50年の生き方そのものの中で病として出てきている。芸術作品そのものが社会を変えてくれるわけじゃない。作品を見た私たちが、「あっ、こういう考え方があるのか」、「こんな風な視点から眺めればいいのか」など、いろんな考え方のアイデアを拝借してそれを生活の中に生かす。その根本はやっぱり「見ること」ですよ。美術館の基本的な役割は何なんだ、美術館が社会に寄与するとはどういうことかと言えば、来る人が見る力をつけるのを側面から応援することだと思います。この美術館は弟のコンセプトで出来上がった美術館ですから、芸術のあり方、あるいは芸術家のあり方などを初期から考えていたのではないでしょうか。