乱歩と足穂

 稲垣君の不思議な宿所を二、三度訪ねたことがあるが、それは化物屋敷のような、相馬の古御所のような、下宿ともアパートともつかぬ、不思議な家であった。


 私たちはそこで、ブリキと銀糸細工の天文学を語り、ギリシアの美少年を語り、明治期の月世界旅行の映画を語り、旅順海戦館の魅力を語り合ったのである。

 

 稲垣君とは、それ以来途絶えながらの交友が続いているが、戦争中数年間は全くごぶさたになっていたところ、戦争直後ひょっこり同君が訪ねてきた。そして、あのころ続出して泡沫のように消え去った雑誌の1つ「くいーん」というのに頼まれたのだが、二人で同性愛についての対談会をやらないかと勧めた。

 

 私は二十数年来その方面の文献を集めているので、話題はある。相手が稲垣君ならやってもいいと答えた。そして、築地の焼跡に建ったバラックの料理屋で、当時、なかなか手に入らなかったウイスキーを御馳走になり、二人で話し合ったが、この雑誌社は間もなくつぶれたので、ほとんど人の目につかないままに終わったのである。

 

 稲垣君は世間的にはあまり知られることなく、貧困と放浪の人だったが、京都・伏見に移り住んでからは落ち着き、猫を飼うようになったという。暑い日はふんどし姿で机に向かい、仕事をした。傍らには可愛がっていた猫が側にいた


 作家と猫の相性が良いのは、猫という生き物が寡黙で、じっとしているのが好きだからだ。気に入れば、お腹がすかない限り、その場で座り、眠る。特に男性はあぐらをかくので、その中に猫が入ってきて、すっぽりはまって眠るのを好む。ちょうど重しになって集中する仕事に猫はピッタリだ。

 

 藤田嗣治、夏目漱石、内田百閒、どうも共通して猫を扱うようになってから、彼ら作家達の暮しも作品も眼に見えて良くなっている気がする


(参考文献:探偵小説四十年 江戸川乱歩 そのほか)