ダンボール製でスター気分 Mingering Mike

自分は、大ソウル歌手であるという設定で、ダンボール紙製の架空レコード、レコードジャケットを大量製造し、まぼろしのユートピアの住人になりすました妄想黒人スーパースター。 


 1967年、作者17才のときにファーストアルバムとなるLP「Sitting by the Window」を製作して以来、手作りのレコードアルバムは、LPが50枚にシングル盤も同数かそれ以上の枚数あって、ほかに8トラテープなどもあり。ダンボール紙製なのはジャットばかりではなく、レコードそのものまでがダンボール製だ。

 

 当初はジャケットのみで、レコードを一緒に作ることまでは念頭になかったのだが、なかにレコードが入っていないとジャケットを壁に立てかけて飾る時に安定感がない事に気づいてから、レコードそのものまでを段ボールでこしらえるようになり、その面白さに増々のめりこんでいったようだ。 


 もともと、子供の頃から大のお絵描き好きで、早死にした母と行方知れずの父の代わりになって5人兄弟全員の面倒をみた姉の証言によれば、ひとりで空想の世界に遊ぶのが好きな変った子だったという。 


 姉の歌声とテレビの歌番組による音楽のめざめ、1920年代から続く黒人音楽の花舞台であるハワード劇場に勤務した兄弟のおかげで無料で入りびたった体験、18才で司法省で補佐の仕事についてから自分の給料ではじめたレコード漁りなどの豊富な音楽体験が、1ドル紙幣や新聞の1面記事などを模写してつちかったという丸写し式の画力やレイアウトセンスの枠を大胆に押し広げて、Mingering Mikeの妄想ワールドは現実世界の誰もしらない片隅にまろびでることになったようだ。 

 

 最初は曲のタイトルを思いつき、次にメロディ、歌詞、そしてアルバムのデザインは一番最後にようやく浮かぶ。そんな順序で形作られていくMikeの架空レコードは、ジャケットのお絵描きは言うまでもなく、歌詞カードや詳細ライナーノート、著名芸能人による推薦のことばから、レコードのカタログナンバーや、著作権所有者名からファンクラブの連絡先などまで、レコードお約束のモロモロの要素がすべて、手書きであるという多少の不自然さと圧倒的にアホみたいなマヌケさを放ちながら書き込まれいる。

 

 さらには、定価表示シールや、宣伝用のステッカーや、ビニールの買い物袋で作った内袋もつき、他のレコードからはがして着けたシュリンクラップにくるまれているものさえ珍しくない。  また、アルバムやシングル盤を制作順に並べてみると、アルバム2枚目がカバー曲集なのをはじめ、他の架空歌手たちと競演したオムニバス盤やライブ盤、インスト盤、チャリティコンサート盤、海外ツアー盤、クリスマスなどを当て込んだシーズンものの企画盤、ブルース・リーへのトリビュート盤などなど、お約束の定番レコード企画が目白押しだ。


 何しろ段ボール製のレコードのため、曲そのものを知るには直接本人と会って呑みにでもでかけるしかないのだが、Mikeの妄想のなかを漂流している歌詞のメッセージには、出来事の日づけから、時には時刻までが書き込まれているために、日記風の印象が強く、ベトナム戦争に徴兵されてトンヅラし逃げ回っていた時分には、反戦歌なども含まれている。 


 1977年には音楽会を離れ、映画界に進出。監督と主演を同時につとめる多彩ぶりを発揮して9本の映画に出演、サントラ盤も制作された(もちろん、すべて段ボール紙製で、自分の手づくり)。 コツコツ買い集めた市販レコードのコレクションと一緒にして貸し倉庫に預られていた妄想レコードは、貸し倉庫のオーナーが変更になった時の賃貸料金滞納トラブルがもとで、Mikeがそうと知る前に売り払われてしまった。


 しかし、この不測の運命が結果的には幸いだった。妄想レコードは、それを偶然にフリーマーケットで発見したレコードマニアの手に渡り、結果として再び作者のMikeと再会できただけでなく、妄想スーパースターMikeが自分自身のためだけに作った架空レコードの存在は、全世界の音楽妄想家たちの共有財産になったのだ。