日本の現代美術の流れ

1945

1949:読売アンデパンダン展開始

 

<1950年代 具体・アンフォルメル>

1950:イサム・ノグチ来日、モダニズムによる日本の伝統文化再評価が盛んになる。勅使河原蒼風らによる前衛生け花

1951:実験工房結成(瀧口修造、山口勝弘、武満徹ら)神奈川県立近代美術館開館

1952:現代美術懇話会(関西)→1954 具体美術協会(吉原治良、白髪一雄、田中敦子ら)

●具体

主宰者である吉原治良の「人のやらないことをやる」という信念に基づき、足で絵を描いた白髪一雄や十数枚の紙を突き破って走り抜けるアクションをした村上三郎など、美術を行為として表現を日常と等価にするハプニングの先駆的役割を果たした。さまざまな新しい表現がなされたが、ヨーロッパのアンフォルメルと時代的に呼応しており、後に非常に注目、評価された。

・国立近代美術館開館・ベネチア・ビエンナーレに戦後初参加(横山大観、梅原龍三郎ら)

1954:八木一夫、オブジェ焼を創始、伝統陶芸と前衛彫刻の融合

1956:ベネチアに日本館完成(吉坂隆正設計)・ベネチア・ビエンナーレで棟方志功が国際版画大賞受賞

・「世界今日の美術」展 アンフォルメル旋風

 

●アンフォルメル

非定型芸術。アメリカのアクション・ペインティングと呼応し、既成の絵画概念、絵画素材にとらわれない抽象具象の作品を発表。評論家のミッシェル・タピエが名づけ親。

1957:ミシェル・タピエ来日、具体美術協会と勅使河原蒼風を評価する

・九州派(菊畑茂久馬ら)結成、読売アンデパンダン展で反芸術的動向の先駆けとなる

1958:ゼロ次元結成(加藤好弘ら)、過激な集団パフォーマンスを行う

 

<1960年代 反芸術運動>

1960:ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ結成(吉村益信、赤瀬川原平、篠原有司男、荒川修作ら)

・第12回読売アンデパンダン展 評論家東野芳明が「反芸術、反彫刻」と呼ぶ

・オブセッショナルアートの台頭(三木富雄、草間彌生、工藤哲巳ら)

1963:ハイ・レッド・センター活動開始(高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之)

・赤瀬川原平、宮川淳「アンフォルメル以後」

1964:汚物、騒音、異臭などを嫌った主催者のため、読売アンデパンダン展は行われず終了となる

・第32回ベネチア・ビエンナーレ(コミッショナー嘉門安雄・斎藤義重、オノサト・トシノブ、堂本尚久、豊福知徳)

1965:1960年代半ば フルクサスと概念芸術の台頭・東京フルクサス(オノ・ヨーコ、小杉武久、ナム・ジュン・パイクら)

・日本概念派(松澤宥、高松次郎ら)

1966:池田満寿夫、ベネチア・ビエンナーレ版画部門大賞受賞

1968:関根伸夫「位相-大地」もの派のはじまり


<1970年代 もの派>

もの派の理論的指導者、李禹煥は日本の近代化と欧米流の創造を批判し、「世界をより根源的により鮮やかに見せる」ことを訴えた。その結果、もの派の中で絵画は目立たなくなり、あるがままの自然素材が強調されるようになった。もの派(李禹煥、菅木志雄、関根伸夫ら)

 

1970:第10回東京ビエンナーレ「人間と物質」展、欧米のコンセプチュアル・アートと日本のもの派、概念派の紹介

・大阪万博 岡本太郎「太陽の塔」

・美共闘REVOLUTION委員会(美共闘)結成(刀根康尚、彦坂尚嘉、堀浩哉ら)

1975:西部美術館開館(後のセゾン美術館)、欧米の同時代美術を積極的に紹介していく1977:サンパウロ・ビエンナーレで松澤宥が国際優秀賞受賞

 

<1980年代 ポストモダンの時代>

 ニューペインティング/ニューウェイブ

・「UENO80」展(宮島達男、中村一美、関口敦仁、平林薫ら)芸大系

1980:「表現の現場」展(池ヶ谷肇、大村益三、吉澤美香ら)多摩美系

1982:「現代美術の最前線」展 パレルゴン画廊

・日比野克彦、第三回日本グラフィック展大賞受賞美術館の増加

・海外の名品の購入激増・日本人作家の海外活動・評価も活発になる

 

●地方の時代

1986 長野、犀川アートフェスティバル

1987 群馬、渋川現代彫刻トリエンナーレ

1988 山梨、白州アートフェスティバル

 

●メセナブーム

サントリー ARTBOX

ハイネケン ハイネケンギャラリー&ハイネケンビレッジ

東高ハウス 東高現代美術館

 

●海外進出

1986:「前衛芸術の日本1919-1970」展 パリ・ポンピドーセンター

1988:第43回ベネチア・ビエンナーレ(コミッショナー 酒井忠康・戸谷成雄、舟越桂、植松奎二)、アベルト展(コミッショナー南條史生:宮島達男、森村泰昌、遠藤利克、石原友明、コンプレッソプラスティコ)

1989:「アゲインスト・ネイチャー 80年代の日本現代美術」展(大竹伸朗、舟越桂、森村泰昌ら)サンフランシスコ、シアトル、テキサスなどアメリカ各地巡回


<1990年代 コンピュータの時代>

1990:水戸芸術館開館

・クリスト「アンブレラ・プロジェクト」展、茨城県とカリフォルニア

1991:キャノン・アート・ラボ、NTTインターコミュニケーション活動開始

1992:ドクメンタ9(コミッショナー ヤン・フート:川俣正、舟越桂、片瀬和夫、長沢秀俊)

・第一回NICAF(国際コンテンポラリーアートフェア)スタート

・ソニー・アート・アーティストオーディション

・「アノーマリー」展(椹木野衣企画:村上隆、伊藤ガビン、中原浩大、ヤノベケンジ)

・「パラレルビジョン」展 世田谷美術館、アウトサイダーアートへの注目

・ダムタイプ「S/N」発表

1993:第45回ベネチア・ビエンナーレ(コミッショナー建畠哲:草間彌生)具体の回顧展「オリエントの道」開催

1994:「戦後日本の前衛美術」展 横浜美術館、戦後美術の歴史化作業始まる

・「アジアの創造力」展(川俣正、柳幸典、蔡國強、タン・ダウ、陸根丙、アニッシュ

・カプーア)広島市現代美術館、アジアの同時代美術への注目

・ファーレ立川竣工(パブリックアートビル)

1995:東京都現代美術館開館・東京都写真美術館開館

・第46回ベネチア・ビエンナーレ(コミッショナー伊東順二:河口洋一郎、日比野克彦、崔在銀、千住博/優秀賞受賞)

・荒川修作「養老天命反転地」オープン、岐阜県養老町

1996:「森村泰昌」展 横浜美術館

1997:NTTインターコミュニケーション・センター開館

・ドクメンタ10(コミッショナー カトリーヌ・デビット:日本人は招待なし)

・ドイツ、ミュンスター野外彫刻プロジェクト(川俣正、曾根裕)

・第47回ベネチア・ビエンナーレ(コミッショナー南條史生:内藤礼)北欧館に森万里子参加/特別賞受賞

1998:画廊の閉店増加。貸画廊の役割が現代美術の中で低下

・G9のニューダイレクション スパイラルホール 9つの若手画廊主で行なったアートフェア

・「森村泰昌」展 東京都現代美術館

1999:第48回ベネチア・ビエンナーレ(コミッショナー塩田純一:宮島達男)

・セゾン美術館閉館・福岡アジア美術館開館

・「草間彌生」展・「荒木経惟」展 東京都現代美術館

 

<2000年代 ユビキタスの時代>

2000:越後妻有アートトリエンナーレ

2001:第49回ベネチア・ビエンナーレ(コミッショナー逢坂恵理子:中村政人、畠山直哉、藤本由紀夫)

・「村上隆」展 東京都現代美術館

・「奈良美智」展 横浜美術館

・第一回横浜トリエンナーレ2001

2002:「森万里子」展 東京都現代美術館

・クリスティーズオークションで村上隆の「HIROPON」が4860万円で落札される

・ドクメンタ11(コミッショナー オクイ・エンゾール・河原温、宮本隆司)

 

(現代アート入門の入門 山口裕美)