アメリカン・アンダーグラウンド「S.Clay Wilson」

「S.Clay Wilson」は、1960年代からアメリカ・アンダーグラウンドコミック界の最暗黒地帯に君臨し、ジョー・コールマンなどにも影響を及ぼしたアンダーグラウンド界の魔王だ。

 

暴力やセックスにまつわる一切のタブーを無視した圧倒的に自由奔放な描写と、それに見事なほど一致した豪快でワイルドなその人柄は、S.Clay Wilsonと初めて出会った若き日のロバート・クラムに、LSD初体験に匹敵する強烈な衝撃をあたえ、その後のアーティスト人生を決定づけたともいわれている。

 

1968年2月。今では60年代アングラカルチャーの記念碑的シンボルとして知られる「ZAP! Comix」の自費出版をはじめたばかりのロバート・クラムに、2才年上のS.Clay Wilsonを紹介したのは、アングラ雑誌「ZAP!」の印刷をひきうけた自費出版社の主催者である詩人のCharles Plymellだった。

 

このCharles Plymellを介して、S.Clay Wilsonは、ブラックユーモア小説の鬼才ウィリアム・バロウズの蛇革装丁の特装本制作や挿絵の執筆などを担当する。また、ウィリアム・バロウズとは個人的にも一緒に射撃をして遊ぶほどの深い友人関係を結んでいたと自ら証言している。

ZAP!には2号から参加。武器、銃器、バイクがハナ唄がわりにエロチックな大爆音をがなりたて、無法者たちが吹きだまる暗黒酒場や海賊船を舞台にして、精力絶倫なバケモノ男女が極悪非道なバイオレンスパーティを繰り広げる。

 

そのアナーキーな地獄絵図は、ごく一部に熱狂的な支持者を見いだしたものの、当時のラブ&ピースなヒッピー世代の多くの若者からは悪趣味でグロテスクなものとして敬遠された。

 

大学生時代には、教授から「お前の絵はアートじゃない!」と憎悪の的にされ、作品を上から石膏で塗り消されたそのキャンバスの上から他の学生に別の絵を描くよう指示が出されたほどだ。

 

多数派の人々に嫌悪感を感じさせるそのパワーは、1950年代に社会問題となった有害指定マンガの元祖「ECコミックスシリーズ」の熱狂的ファンが嵩じて、自分流の絵を描きはじめてから半世紀を越えた今日に至るまで、S.Clay Wilsonの作品の強力な特徴のひとつになっている。

 

アートのようなマンガや、マンガのようなアートは、いまでは珍しくもないが、仮にマンガやアートの世界から誘われたとしても、返事の代わりに銃弾かナイフを喰らわせるような化け物じみてパワフルなキャラクターたちが、マンガとかアートとかの間仕切りのなかでジイっと大人しくしていることなど金輪際ありえないことはいうまでもない。

 

いつでも圧倒的にムダなエネルギーにつき動かされ、地面と天井がぐらぐら揺られ、ヨダレやゲップやゲロや精液や愛液や血ヘドやナミダや冷や汗や脳汁や内蔵が、タバコの煙や硝煙や火花や刃の閃光に切り裂かれて散乱しながら、余白という余白のすみずみまでを覆い尽くしていくダーティな作品空間は、アメリカ式ブラックユーモアのひとつの極北だろう。(出典元:世界のサブカルチャー)