手塚系難解マンガ「COM」

「COM」は、67年虫プロ商事から創刊され71年までの5年間刊行された。73年に再刊の動きはあったが、実現しなかった。「COM」は、手塚治虫の長編「火の鳥」の連載を中心に、非商業的な作品新人の作品を掲載した。


「ガロ」が貸本誌系統を中心にしていたのに対し、トキワ荘系のストーリーマンガ作家を中心にしていた点がちがっているだけで、編集姿勢はよくにている。ただ、全般的に「COM」のほうが構えた文学臭、政治臭といったものが薄く、年少の新人マンガ家たち、特に10代の女性新人にとって親しみやすさはあったとおもわれる。少女マンガ出身に「COM」投稿者が多いのはそのためである。

作家は手塚治虫以外に、石ノ森章太郎と永島慎二がいた。永島は「青春残酷物語」を連載し、青春の悲しさを甘美な叙情で描いた。「青春裁判」は日本型ヒッピーであるフーテンの心性をいち早く作品化した作家であった。「COM」廃刊後は、「ガロ」に寄稿する機会が多くなった。

ほかに真崎守、宮谷一彦、青柳祐介、岡田史子。投稿欄出身者としては、長谷川法世、竹宮恵子、山岸凉子、いしいひさいちなどがいる。

また「ガロ」「COM」のほかにも、商業性のとぼしいマンガを掲載する雑誌が創刊された。「夜行」「まんがNo.1」などである。

また70年代後半からこれらの雑誌以外でも、一般誌、美術誌などに、新しい傾向のマンガ的作品が掲載されるようになった。イラストレーターや一般絵画の画家たちが、マンガとの境界線上にある作品を発表するようになった。井上洋介、梅田英俊、長新太、久里洋二、横尾忠則、佐伯俊男、タイガー立石、赤瀬川原平といったひとたちである。