母檸檬と土着ロックバンド

 母檸檬と初めて出会ったのは、2004年の年の暮れだったとおもう。知り合いのバンドが出演するということで、ブラブラと昭和の香りを色濃く残した町、高円寺のライブハウス「20000V」に遊びにいったときのことだ。そのライブでトリをつとめたのが母檸檬だった。


 母檸檬は、御手洗水子と御手洗花女の2人から結成されたユニットである。彼女たちが表現するのは、ロマンチックで耽美な昭和の世界。活動形態が多彩なため、一口にこれと断定することはできないが、ギター、ベース、ドラムを加えた5人のバンド形式が基本スタイルで、市松人形のようなおかっぱ頭に赤襦袢姿という可愛らしいいでたちでステージに上がり、昭和乙女のロマンチックな心情や世界観を表現する。


 母檸檬最大の魅力は、やはり「耽美」であることだろう。演奏中は、昭和歌謡に激しいロックテイストを加えた曲をバックに、和傘をさしてクルクル回したり、スピーカーを寝床代わりにして寝そべって、煙草をふかす仕草を見せるなど耽美で情緒的な演出もたくさん入り、見るものを昭和のロマンティック世界にグイグイと引き込んでいく。赤、緑、青などチカチカ変わる幻覚的なライブハウスのライトと退廃的な昭和のムードが彼女たちに非常にマッチしている。和と洋の違いはあれど、母檸檬はゴシック趣味の人にも十分通じる世界観だと思う。


 もう1つの魅力は、もちろん「昭和」だろう。昭和テイストのバンドといえば、ほかにもたくさんあり、昭和の世界を彷彿させる素晴らしい音楽を作っていると思うが、どれも何か足りない部分があった。だがその「何か」足りない部分を母檸檬は持っていたのが魅力だったとおもう。


 その「何か」というのを色々考えてみたが、浮かんだのは“土着性”のような気がする。昭和(おもに30年代)と平成とが大きく異なる点の1つとして、ローカルな魅力ではなだいろうか。母檸檬は、昭和時代のローカルな魅力がある。ほかのバンドも昭和の田舎の地方(おもに東北)を彷彿させるものがあるが、どうもそれが寺山修司の影響であって、本当に自分自身が東北の土地で根付いてるかんはなく、ファッションのような土着性なのだ


 具体的に、母檸檬の土着的な魅力が証明されたのは、2006年に行われた2つの企画を通してだ。1つは、2006年7月21日に新宿のライブハウス「紅布(レッドクロス)」で行われた母檸檬企画「しゅみぃず一枚でツッカケて乙女花園」。これは、その後に行われたもう1つの企画「母檸檬 レコ発企画 誘蛾灯に誘はれて」の前哨戦的なもので、レコ発ライブに比べれば出演メンバーも緩めで、どちらかというと遊び的なノリでやっていたものだった。

 だが、おそらくそこに来ていた客の多く、おもに中央沿線で生活を送っている母檸檬のファンは大満足のイベントだったとおもう。すごく中央線的な空気が凝縮されていた。それは、レッドクロスのちょっと粗末な機材と、どこか体育館を彷彿させるステージが良い感じを出していたと思うし、真珠子さんの緩い松田聖子のカラオケも町内会のカラオケ大会みたいなかんじで癒された。


 その後、2006年8月25日に「渋谷屋根裏」で行われたレコ発企画も非常に良かったし、大成功だったと思う。お客さんもたくさん入った。出演メンバーも豪華で、レコ発企画としては完璧だ。ただ、なぜか満足度や余韻度は、ゆるい企画のレッドクロスのときの方が上だったような気がする。


 この違いは何なのか、母檸檬のマネージャーのポメ男さんとも話しいてのだが、やはり渋谷とかまで進出していくとなると、プロフェッショナルな部分、都会的な部分、ビジネスな部分を意識せざるを得なくなって、逆に土着の世界から遠ざかって行くという意見が交わされた


 これまでは、ただ漠然と趣味を通して他人とコミュニケーションを介するのが普通だったが、これから街とサブカルチャーの関係は、まだまだ重要になってくるだろうと思う。中央線以外にも、渋谷系、秋葉系など街を中心としたコミュニティが現在も発達しつつあるのだから。母檸檬には、中央線という街と一体化した昭和バンドのようにも感じた。