196.チャールズ・ディケンズ「歴史探偵小説」

チャールズ・ディケンズ / Charles Dickens


概要


大英帝国時代の小説家。ジャーナリストから小説家へ転身した。新聞記者を務めるかたわらに発表していた。夏目漱石と同じパターンである。

 

おもに下層階級を主人公とし弱者の視点で社会を諷刺した作品を発表。ジャーナリスト時代に養った文献調べ分析力・観察力をいかした描写が特徴で探偵小説のはしりといわれている。初期の作品である『オリバー・トウィスト』でも、「オリヴァーの身元を調べるブラウンロー氏の行動の描写など完全な推理小説である。


探偵小説は一般的にエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」によって誕生したといわれているが、同じ1841年にチャールズ・ディケンズは「バーナビー・ラッジ」で探偵小説的なものを描いている。この作品がほかの探偵小説と異なるのは、のちに歴史の謎を文献などから解き明かしていく歴史探偵小説であることだ。

 

代表作は『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』『デイヴィッド・コパフィールド』『二都物語』『大いなる遺産』など

 

解説


ディケンズは「情報の時代」の先鞭をつけた。イギリスの都会生活の隅々に「情報」を嗅ぎ分けた。それだけでなく、それを他人に見せる方法に異常な関心をもった。

ディケンズは15歳で法律事務所の小僧をし、18歳には裁判記録係の書記になった。次に通信社の記者に引き抜かれて議会討論を速記して、記事にした。速記術は当時の定番ガイドブック『ガーニーの速記術』でマスターした。

ディケンズはそういう仕事を通じて、事件や事態のすべてをくまなく観察することに飽食し、いかにそれらの事件や事態を別の視点におきかえられるかという「作為の欲望」をもったのだ。

そしてその「作為の欲望」を読者が感じないほどに筋書きや文体や人物描写を昇華させることに関心をもったのだ。この「作為の欲望」とそれを「読者に昇華させること」の両方に気がついたこと、このほうがディケンズの作家への意思をつくらせた。ジャーナリストであることだけでは作家にならないと思ったのである。だいたいジャーナリストというものは、昔も今もすぐに正義づらをする。これは作家の資質としては最低のものになる。

そして、ディケンズは「編集を発見した男」でもあった。何から始めたかというと「自己編集」から入った。そこで、自分の過去を事実の羅列で書くのではなく、「お気に入りの子供」(a favorite child)の目で好きなように書いてみることにした。これで自己編集の技法が見えた。こうして一気に書いたのが『デイヴィッド・コパフィールド』なのである。その前に書いた『オリヴァー・ツイスト』や『クリスマス・キャロル』シリーズの手法が自分の過去にも適用された。

そんなことはいまの小説作法からすればごくごく当たり前のことであったが、そのことを苦悩して思いついて、そして大成功させたのは、ディケンズが最初だった。

次に本格的な「編集」という仕事に挑むのである。それがディケンズの編集力が爆発した『みんなのことば』(Household Words)という名の週刊誌だった。この雑誌にディケンズが賭けた集中力には並々ならないものがある。

お おげさにいうのなら、執筆者に原稿を頼むこと、それには締切りがあり原稿料があること、多少の新人とベテランでは格差が出るということ、取り扱いにもいろ いろ変化がつくれること、目次や広報では編集の狙いをアピールすること、雑誌に掲載するにあたってはレイアウトが重要であること、校正には専門家を養成す るべきこと、こういうことのすべてをディケンズが発案し、取り仕切り、そして責任を果たしたのだった。(松岡正剛の千夜千冊)