フランシス・ピカビア「私をそこへつれてって」

ピカビアを語る際、生涯における度重なる画風の変貌に焦点をおくことが、今日ではピカビアを語る際、ほとんどすべての言説の紋切型となっている。「印象主義の時代」「オルフィスムの時代」「機械の時代」「怪物の時代」「透明の時代」「混迷の時代」「具象の時代」といった、ほぼ5年周期の変貌にみあう手頃な符牒が一般的に流通しているようである。

 

しかし、ピカビアの絶え間ない画風の変貌とは、その景に、20世紀に入って富みに加速化した様式交替の現象と、それを裏打ちするかのような美術市場における流通速度の加速化がある点を忘れてはいけない。そのあたりピカソの画風の変貌と区別する必要があるはずである。

 

ピカビアは、後年の書簡で「描き続けるためには、狂人にならなければならない」といっている。それは、みずからの描き出すイメージがたちどころに「新奇さ」という交換価値に抽象化され、様式交替という「近代芸術のゴミため」に回収されてしまうその直前に、イメージを別の回路へと導かねばならなかったからである。

 

そしてピカビアは、自分の行き着く先を知らぬ様式に不安をを抱え、「このたどりつくべき行手の果てしなき傾斜、描き続けるためには、狂人にならなければならない」という臨界点で、彼を生の側にかろうじて繋ぎ止めていたのは「健忘症」という行為だった。

 

ピカビアはインタビューで自身の画風の変化について「過去をあなたは否定するのか」と聞かれた際、「否定するもしないも、むかし描いた作品など憶えてもいない」と語っている。そして今まで制作したなかで最上のものは何かと聞かれると「全部」と答えている。

 

「憶えていない」のに「すべてベスト」という矛盾したようなことをいっている。どういうことか。それはピカビアの生き方が「不断の現在」であるということである。

 

『私をそこへつれてって』(※添付画像)と題された、機械を描いたピカビアの奇妙な自画像が、この「健忘症」の絵画への憧れを露わにしている。「そこ」という場所がいかなる特定の場所とも明示されていない。このどこでもない他所に向かって、不断に今を生きる健忘症の絵画、モデルやゴールなしに描くことこれがピカビアの全生涯を横断する美学なのである。

 

「独身者は瞬間しか持たない(カフカ『日記』)」

 

「独身者の絵画」、それこそがピカビアなのである。そしてピカビアがとった「健忘症」と「不断の現在」という方法は、流通速度や一次性社会が強まる現代社会の下で、「見捨てられる」ことに不安を抱えて生きる人間たちが生き延びるための処方箋なのである。

 

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