ロバート・ウィリアムス「ロウブロウ・アート宣言」

ロバート・ウィリアムス / Robert Wiliams

ロウブロウ・アート宣言


概要


ロバート・ウィリアムス(1943年3月2日生まれ)は、アメリカの画家、マンガ家、アート&カルチャー雑誌『Juxtapoz』の編集者。

 

カスタムカー(改造車)、カリフォルニアの風景、自動車、映画、黙示録信仰、退廃的な世界が融合した独自な世界観は『サイケデリック』という新しいジャンルの創造を導く。

 

また、ロバート・クラムやS.クレイ.ウィルソン、ギルバート・シェルトンといったアンダーグラウンド漫画家らとともに漫画誌『ザップ・コミックス』に参加。1960年代後半から70年代にかけてアンダーグラウンド・ムーブメントを導いた。


1980年代には、ニューヨークのハイブロウ・アートに対抗する姿勢で、無学で無教養な絵画「ロウブロウ・アート」を掲げる。カリフォルニア特有のカウンターカルチャーときのパンク・ムーブメントと融合しながら、ロウブロウ・アート・ムーブメントを巻き起こした。

 

ウィリアムスのコレクターとしては、ニコラス・ケイジ、レオナルド・ディカプリオ、アーティ・ショウ、デボラ・ハリー、アンソニー・キーディス、ヴォン・ダッチ、エド・ルシェなどがハリウッドスターたち名を連ねている。

 

現在、ウィリアムスは妻でプロのアーティストのスザンナとカリフォルニア州のサン・フェルナンド・バレーに住んでいる。

略歴


車とともに育つ幼少期


ロバート・ウィリアムスは、1943年3月2日、ニューメキシコ州のアルバカーキで、ロバート・ワンデル・ウィリアムスとベティー・ジェーン・スピンクのあいだに生まれた。


ウィリアムスの幼少期の環境を参照すると、彼がのちに構築していった彼の世界観の全体像を把握することができる。


彼の父は暴走族絶えず入りひたるドライブイン・レストラン『The Parkmore』を女性給仕たちと経営していたため、ウィリアムスは子どもの時から改造車に親しんでいた。12歳のときに父から彼の最初の車となる『1934 Ford five-window coupe』からプレゼントされる。


絵に関しては、小さい頃からクロムメッキの自動車パーツに絵を描いていたので、習わなくてもそれなり絵がうまくなった。

1947年、ロバートの父は、アラバマ州のモンゴメリーにドライブインレストラン「The Parkmore」をオープン。100台の車が駐車できた。1958年に閉店。
1947年、ロバートの父は、アラバマ州のモンゴメリーにドライブインレストラン「The Parkmore」をオープン。100台の車が駐車できた。1958年に閉店。

非行少年期


ロバートの両親は、お互いに4回も結婚・離婚を繰り返していたので、家庭環境は不安定だった。


幼少期にアルバカーキ、ニューメキシコ、モンゴメリー、アラバマ州にある父の家を往復。両親の最後の離婚は1956年で、当時12歳のロバートは、その後、母親とアラバマ州に移り住むことになる。


この頃から彼は非行少年となり、ホット・ロッドの改造車や、ふざけた快楽、ストリート・ギャングに熱中する。このことによって9年生のときに公立学校を退学することになった。

ロサンゼルスへ


そのままアラバマ州に入ると拘置所に入れられる可能性があったため、ロバートは1963年、20歳のときにロサンゼルスに移動する。


ロバートは、ロサンゼルス大学の美術科へ入学。校内誌『The Collegiate』で絵を描いた。またこの学校で彼の未来の妻となるスザンナ・コロナと出会うことになる。その後、二人は学生結婚をしてウィリアムスは学校をやめ、プロの画家となるべく仕事を探し求めた。


当時は、『ブラック・ベルト』誌で働いたり、ウェアーハウザー社でコンテナのデザインなど職を転々とする。


しかし、1965年に、カスタム・カルチャー界のカリスマ、エド・ロスと彼の夢だった仕事を見つける。


エド・ロス。”ビッグ・ダディ”の愛称で知られる画家、漫画家。1950年代から1960年代の南カリフォルニアのカスタム・カルチャー・ムーブメントのキーパーソンである。
エド・ロス。”ビッグ・ダディ”の愛称で知られる画家、漫画家。1950年代から1960年代の南カリフォルニアのカスタム・カルチャー・ムーブメントのキーパーソンである。
雑誌『Black Belt』。アメリカの総合格闘技情報誌。1961年にミトシ・ウエハラという日本人編集者によって創刊した雑誌。ウエハラという人物よく分からないがブルース・リーの本でアメリカでは有名な人物である。
雑誌『Black Belt』。アメリカの総合格闘技情報誌。1961年にミトシ・ウエハラという日本人編集者によって創刊した雑誌。ウエハラという人物よく分からないがブルース・リーの本でアメリカでは有名な人物である。

アンダーグラウンドアーティストへ


1960年代後半、エド・ロスと広告やグラフィックの仕事をしながら、ウィリアスムは絵も描いていた。


この時代に彼は 『アペタイト・フォー・ディストラクション』や『イン・ザ・ランド・オブ・レティナル・デライト』などを含む『スーパー・カートゥーン』シリーズの絵画を制作。


これらの絵画は古典絵画の様式で、手作りの塗料やニスを使って緻密に描かれたもので、大変良く売れた。しかし制作に一年以上必要とする非常に手間のかかる作品だった。


「アペタイト・フォー・ディストラクション」は、ガンズ・アンド・ローゼズのデビュー・アルバム「アペタイト・フォー・ディストラクション」のジャケットとしても使われた。しかしロボットが女性をレイプするそのイメージが発売直後にクレームがつき、十字架のタトゥー柄に変更となった。
「アペタイト・フォー・ディストラクション」は、ガンズ・アンド・ローゼズのデビュー・アルバム「アペタイト・フォー・ディストラクション」のジャケットとしても使われた。しかしロボットが女性をレイプするそのイメージが発売直後にクレームがつき、十字架のタトゥー柄に変更となった。

「ザップ・コミックス」時代


エド・ロスのスタジオが閉じたあと、ウィリアムスは、当時、反芸術ムーブメントで盛り上がっていた『ザップ・コミックス(Zap Comix)』のアーティストグループに参加。


そこにはロバート・クラムやS.クレイ.ウィルソン、ギルバート・シェルトン、スペイン·ロドリゲス、リック・グリフィン、ビクター・モスコソといったアーティストが集まっていた。


1969年にロバートは、『Coochy Cooty』という個性的なアンダーグラウンドアンチ・ヒーロー漫画を発表。ロバートの独創性は1970年に『ザップ・コミックス』の第5号や『Coochy Cooty Men's Comics』で一気に開花した。その魅力は今日のウィリアムスの絵画においても生かされている。

「Coochy Cooty」:ロバート・ウィアムスの代表的なマンガ作品。
「Coochy Cooty」:ロバート・ウィアムスの代表的なマンガ作品。
「ザップ・コミックス」。1960年代のアンダーグラウンド・コミックス誌。日本でいう『ガロ』のようなもので、カリフォルニアの地下マンガ家たちが結集していた。
「ザップ・コミックス」。1960年代のアンダーグラウンド・コミックス誌。日本でいう『ガロ』のようなもので、カリフォルニアの地下マンガ家たちが結集していた。

ロウブロウ・アート宣言


ウィリアムスのマンガと『スーパー・カートゥーン』シリーズ絵画の多くは、1982年に、リップオフ社から出版された彼の1st作品集『ロバート・ウィリアムスのロウブロウアート(The Lowbrow Art of Robt. Williams.)』に収録されている。

 

またこの本のタイトル内にある「Lowbrow」が、ロウブロウ・アートの起源である。ニューヨークのハイブロウアートの世界とはまるで正反対のウィリアムスのアートワークで、意義申し立てを意味するものである。

 

1980年代、ウィリアムスはパンクロック・ムーブメントに巻き込まれ、新たな読者層を獲得した。

 

またこの時代、彼は『ゾンビ・ミステリー・ペインティング(Zombie Mystery Paintings)』を出版し、その活気に満ちた、セクシーで、暴力的なイメージは多くのアーティストに影響を与えた。キャンバス上にラフに、素早く描かれたこれらの作品は大変な人気で、順番待ちリストが付けられて販売されることになったほどである。

 

ウィリアムス作品の人気は、本の出版だけに留まらず、 La Luz de Jesus Gallery、Zero One Gallery、 Tamara Bane Galleryといったオルタナティブな画廊を開設させるまでに影響を与えた。

ロバート・ウィリアムス「The Lowbrow Art of Robert Williams」(1982年 リップオフ社)
ロバート・ウィリアムス「The Lowbrow Art of Robert Williams」(1982年 リップオフ社)
ロバート・ウィリアムス,ロバート・クラム「Zombie Mystery Paintings」
ロバート・ウィリアムス,ロバート・クラム「Zombie Mystery Paintings」
La Luz de Jesus Gallery。ロウブロウ・アート系の老舗のギャラリー。現在も運営している。
La Luz de Jesus Gallery。ロウブロウ・アート系の老舗のギャラリー。現在も運営している。

ヘルター・スケルター展


「ヘルター・スケルター展 1990年代のL.Aアート」は、ロサンゼルス現代美術館で1992年1月26日から4月26日まで開催された現代美術の展示である。


ポール・シンメルがオーガナイザーを務めたその展示で、16人のアーティストがピックアップされた。


セックス・バイオレンスや反アメリカン的な要素のある作品に焦点が当てられ、その狙いは、LAアートの固定観念を破壊し、またニューヨーク・スクール(抽象表現主義作家の総称)に挑戦することだった。


この展覧会にロバート・ウィアムスが出品。ファイン・アート出身のマイク・ケリーやジム・ショーなども参加しており、ハイブロウとロウブロウがフラット化した記念すべき展示であり、ニューヨークと異なる独創的なロサンゼルス・アートシーンを主張するものだった。

Juxtapoz創刊と出版活動


ウィリアムスは、作品のコンテンツ、スタイル、サイズが変化し、発展するにつれて、さまざまな本を出版し、メッセージを発信。


1992年に発刊した『Art? Alternatives』などさまざまな出版物を通して、他のアーティストたちにメッセージを投げて影響を与えた。


そうして、1994年にロウブロウ・アート最誌『Juxtapoz』を創刊。誌上で多くの新人アーティストを紹介し、また最も影響力のあるアート雑誌に成長した。

マーク・ライデンは「Juxtapoz」で取り上げらたのが、ロウブロウ・アーティスト転身のきっかけだったという。今でもJuxtapozの影響力は大きい。
マーク・ライデンは「Juxtapoz」で取り上げらたのが、ロウブロウ・アーティスト転身のきっかけだったという。今でもJuxtapozの影響力は大きい。

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