サブカルチャー

サブカルチャー / Subculture

共文化


概要


「subculture(サブカルチャー)」とは、自分が所属しているマジョリティ文化圏とは異なる文化圏にいる人たちのこと。

 

正確な定義はないが、オックスフォード英語辞典では、「マジョリティ文化の信念や価値観と相違のあるマジョリティ文化内にいる文化集団」と定義されている。しかし最近は、接頭詞「sub」を付けることによって「下位文化」と誤解されてしまうのを避けるため、研究者のあいだでは「co-culture(共文化)」という言葉に変えられている。

 

1950年にデビッド・リースマンは、マジョリティとの間に線を引き「無抵抗に商業的なものを受け入れていく大多数の人に対し、積極的に少数派のスタイルを追い求めて、転覆的な価値観を提示する人たち」を“サブカルチャー”と定義した。

 

また、イギリスの社会学者のディック・ヘブディジは、1979年に出版したイギリス戦後若者文化に焦点を当てた研究本『サブカルチャー:スタイルの意味』で、サブカルチャーの意義とは「正常をひっくり返すこと」と主張。ほぼカウンターカルチャーと同じ意味を与えている。

 

また、サブカルチャーは社会において支配的・正常的・標準的と思われているものを批判するための、影の部分を知覚するの役立つという。さらに社会から逸脱した人たち、無視されている人たちを結びつけ、アンデンティティ生成を促す役割があるとして、サブカルチャーを積極的に賞賛した。

 

2007年にケン・ゲルダーは社会への浸透基準をベースにカウンターカルチャーとサブカルチャーは区別すべきだと提案した。サブカルチャーを識別するにのに、6つのキーワードがあるという。

 

1:仕事が嫌いな人(ニート、無職、僧侶、暇人)

2:階級や等級といったものに対してネガティブ、もしくは相反する感情を持つ人

3:テリトリーを意識する人(ストリート、クラブ、アートなど)

4:家族や自国から逃げようとする態度の人(家族よりソーシャルネットワーク)

5:何事も過剰で誇張しがち

6:普通の生活や大衆的享楽の拒否

 

 

ディック・ヘブディッジ論


『サブカルチャー:スタイルの意味』は1979年にイギリスの社会学者ディック・ヘブディッジが出版した、イギリス戦後のワーキング・クラスの若者文化の反抗様式を分析した書籍。

 

なかでも、テディー・ボーイ、モッズ、ロッカー、スキンヘッド、パンクに焦点を当てた分析となっている。

 

ヘブディッジによれば、どのサブカルチャーもファッション、音楽、ダンス、化粧、ドラッグを連結して構築されるという。また文化生成は、歴史・階級・競争・経済、マスメディアの文脈などの環境が関係すると主張。たとえば、白パンクと黒レゲエ文化には根底に共通したテーマがあり、その共通したテーマとはイギリス国を象徴するものの否定だという。一見、この両者は無関係に見えるものの、ヘブディッジは彼らの文化の類似点を指摘、説明しながらこの点を本書で論証していく。

 

またヘブディッジによれば、すべてのサブカルチャーは同じような軌跡をたどる。サブカルチャーはまず「抵抗」を介して形成することである。そして支配的な社会やマジョリティは、多くの場合初期段階において、発生したサブカルチャーに対して過激的で不安に陥らせる存在としてネガティブな見方を行い、一時的に圧力を加えようとする。しかし、最終的には起業家が彼らの文化や音楽内にビジネスチャンスを掴みとり、その後、メインストリームにもサブカルチャーの要素が現れ始め、「反抗的」「破壊的」「過激」という要素がメインストリームのコンテンツの1つとなり、最終的にサブカルチャーはマジョリティに飲み込まれて死を迎えるという軌跡をたどるという。

 

ヘブディッジは、バーミンガム大学のリサーチ・センターである現代文化研究センターで、カルチュラル・スタディーズの代表的理論家スチュアート・ホールのもとで働く。ヘブディッジの理論はホールのサブカルチャー理論を基盤としている。また、文芸批評家のリチャード・ボガート、レイモンド・ウィリアムス。マルクス理論学者のルイ・アルチュセール、ベルトルト・ブレヒト、アントニオ・グラムシ、アンリ・ルフェーヴル。アメリカの社会学者のウイリアム・F・ホワイト、アルバート・コーヘン。フランスの構造主義哲学者のロラン・バルト、ジュリア・クリステヴァ、クロード・レヴィ=ストロース、ジャック・ラカンなどの学説を引用している。