宇野亜喜良「Aquirax」

宇野亜喜良


宇野亞喜良(1934年5月13日生まれ)は、日本のグラフィックアーティスト、イラストレーター、画家。「Aquirax Uno」というペンネームでも知られる。

 

幻想的なビジュアルと気まぐれな自由な線で描かれたシュルレアリスティックな少女絵が特徴である。1960〜1970年代の日本のアンダーグラウンドシーン、なかでも寺山修司や天井桟敷とのコラボレーションワークが有名。

 

LIBRAIRIE6/シス書店では第26回企画として、

宇野亜喜良「王の道」展を4月4日(金)~4月27日(日)まで開催する。

 

宇野亜喜良スタイル


1934年愛知県名古屋生まれ。父親が室内装飾業を営んでおり、また着物の帯に油絵を描いたりもしていたので、その影響で幼いころから絵を描き始める。母親は喫茶店を経営していた。崩したような気ままな線や形は、父が描いていた古い変な文字の影響があり、その書体はかつて流行ったアールデコの名残で、そのため宇野は古い漢字や、草書が書け、崩し方のようなものを自然と身につけた。

 

名古屋市立工芸高等学校図案科卒業後、カルピス食品工業に入社、同社の広告・宣伝に携わる。その後、原 弘、亀倉雄策、山城隆一らが設立した日本デザインセンターに入社。1965年同社を退社してフリーになり、同世代を代表するイラストレーター、グラフィックデザイナーの横尾忠則、和田誠、山口はるみ、灘本唯人などとともに共同事務所「東京イラストレーターズ・クラブ」を設立する。最初の一年は仕事がなく、ある女性誌の表紙の仕事だけが定期収入だった。話し上手で、女性からも好かれる原田維夫ばかりに仕事の依頼が多く、コミュニケーション力は大事だと思った。

 

その後、寺山修司が中心になって作っていたディーンエイジの女性向けの雑誌に関わるようになり、その頃から女の子の絵を描くことが多くなる。また寺山修司の「天井桟敷」に横尾などと参加し、劇団のポスターの制作をするようになる。1970年代当時は、眉を剃り落とすスタイルが「宇野亜喜良スタイル」が流行した。

 

ちなみに、宇野は『SAMURAI AQUIRAX』(愛育社)をはじめ、BAR「星男」の看板など、男性の絵もたくさん描いているのだが、グッズ販売はほとんど女の子の作品ばかりが売れてしまうため、目立たないだけである。

 

1982年、第13回講談社出版文化賞さしえ賞を受賞。 1992年、山下明生作の『カモメの家』で第6回赤い鳥さし絵賞を受賞。1999年からは、麻布十番納涼祭りのポスター、うちわのデザインを担当している。 1999年、紫綬褒章を受賞。2008年、舟崎克彦文の『悪魔のりんご』で第13回日本絵本賞を受賞。2010年、旭日小綬章を受賞。

略年譜