月刊「東京人」

月刊『東京人』という雑誌の7月号で「ガロとCOMの時代」という特集がされていて、つげ義春のロングインタビューも掲載されていたので購入したが、つげ義春のインタビュー内容がすさまじい。

 

前々から噂にはなっていたが、ひきこもり歴20年の息子さんに関する話が中心で、息子さんは現在統合失調で障害年金給付者ということ。ただ、つげ義春自体は、奥さんも死去してひとりぼっちなので、ひきこもりの息子と一緒に住んでいることに何の辛さもないようである。

 

「もし息子が元気であれば、とっくに結婚をして家を出て、私は一人になってしまう。そうなったら、私は一人で生きていけなくなる。息子は今、親孝行しているかと思っています。意識的な隠遁するときの孤独とは別で、日常における一人暮らしは生きられない。(つげ義春)」

 

ひきこもりや統合失調症でも、年金生活など日常生活を送っている独居老人にとってはひきこもりやダメ人間がものすごく重要な存在であることがわかる。

 

それから、息子さんの現実離れの記事を読んでいて気づいたのは、ひきこもりや現実感覚のまったくないといわれている人は、一方で恐ろしく合理的・論理的であることがわかる。

 

「息子は20年間他人との関係がなく、友だちも一人もいないですから、この現実社会をまったく理解できず、そのため物事の認識や判断が現実離れして、別の世界に住んでいるような状態なんです。でも、何かと現実的な情報が入ってくるので戸惑い、疑問だらけになり、私に質問攻めをするわけですが、現実を知らないからひたすら合理的論理的な答えでないと承知しない。たとえば、現実の世界には曖昧さいかげんな面が混じって理屈では割り切れないものなんだ、という答えでは納得せず、そういう曖昧な現実こそ間違っていると反論してくる(笑)息子はニーチェを知らないのにニーチェと似たような直感があるようで、そのために虚構の現実に違和感を覚え、疑問だらけになり、しかも現実の経験がないですから、ひたすら理論だけに傾いているんです。

 

でも実際の息子は現実レベルの知識が欠如していますから、すごい幼稚で世の中には偶然があることを説明しても認めない。マンガも僕のようなマンガは理解できなくて、相変わらず「ドラえもん」とかを読んでいます。映画にしてもストーリーがないもの(論理的でないもの)は息子は理解できないようです。(つげ義春)」

 

これは自分の知り合いで思い当たることがある。ゲームマニアが典型的で、それだけ戦略的で頭がいいのに、現実に起きることはまったく理解できないような。ゲームにバグが起きるのはおかしいけど、本当の現実はバグだらけで、そういうバグだらけの現実はゲームと違って不条理で虚構であるというかんじ。ブラック・スワンがよくわからないのだよね。「世界は完璧だ」というようにディズニーのような魔法の現実世界に住んでいる。

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コメント: 5
  • #1

    toorisugari (金曜日, 27 6月 2014 16:08)

    このコは単に、自閉症スペクトラム傾向が強いだけですね

  • #2

    昔の友人 (金曜日, 21 10月 2016 22:39)

    自分は小学校1〜5年生まで正助君とは同じ学校に通っておりまして、3,4年の時は同じクラスだったので、彼とはほぼ毎日のように遊んでました。

    最近ふとしたことから柘植義春のマンガの存在を知り、その事がキッカケで正助君のお父さんが実はあの有名漫画家の柘植義春氏だったことを知りました。

    自分は小学校6年生の時に神奈川県へと引っ越してしまったので、次に正助君と会ったのはその4年半後になります。その時の経緯はたまたま彼の家の近くへ立ち寄ったことで何となく彼の家に向かってしまった訳なのですが、ピンポンを押したらまず義春さんが出てきてその後すぐに正助君を呼んでくれて、彼とは玄関で15分程かな?立ち話をして「また会おうな!」なんて言って帰宅したのを覚えてます。

    そして柘植義春氏の記述に目を通していたら正助君が引きこもりになっているということを知りまして、自分は正直とてもショックでした。彼はすごく優しい正確で他人とのコミュニケーションも全く問題なくしっかり取れていたのに一体何故こうなってしまったのでしょうか?自分はどうしても信じられません。

    彼の家に遊びに行くと3時のおやつに、おばさん(藤原マキさん)がいつも甘いコーヒーとお菓子を出してくれてたのを思い出します。そして確か我々が小学校3年生の後半頃だったかな?彼が親にファミコンを買ってもらったのですが、外で1時間遊ぶことを条件に家でファミコンしてもいいというルールがありましたね。

    それまで彼は「できるかな?」という番組のヘビーユーザーでして、その日の放送回でやっていた物とほぼ同じ物をその日の内に作り上げてしまうというとても器用な一面も持ち合わせていたのを自分は鮮明に覚えています。
    おっと!あまり彼のプライバシーを書き過ぎてしまうとマズイかな?

  • #3

    山田太郎 (土曜日, 22 10月 2016 22:35)

    >昔の友人さま

    貴重なコメントありがとうございます。詳細は月刊「東京人 つげ義春特集号」など書かれてますので、ぜひ古書店などで手に入れてもらえると思います。私も小学生のときにファミコン世代ですが、正助さんの現在は気になるところですね。ファミコンルールもなんとなくわかります。いつか、正助さんとお会いして、話をうかがってみたいものです。

  • #4

    昔の友人 (日曜日, 23 10月 2016 08:36)

    当時の彼の住まいにはガラス戸棚にギッシリと整列されたブリキのおもちゃが大量に飾られておりまして、まるでここの部屋だけ時間の流れが完全に止まってしまっているかの様な奇妙な錯覚に陥りそうな昭和のにおいがプンプンと漂うなぜか居心地のよい不思議な異空間であったのを今でも鮮明に覚えております。

    1984年当時の正助君と主に関わっていた人物はイッちゃん、小野ちゃん、テッカと呼ばれていた3人。自分は21年前に正助君と同じ高校へと進学したテッカと会った時に正助君が行方不明になっているということを知らされまして、その時にテッカは正助君の失踪のことをとても心配しておりました。

    あれは確か1984年の暮だったかな?義春さんが瓶にロウを流し込んで作った自作の極太ロウソク(紫色)を完成させる為に自宅の外へ出て枠の瓶を金槌で割って取り出すところを見せて頂きました。
    その何日か後の日曜日に自分と正助君とおばさん(藤原マキさん)の3人でよみうりランドへ遊びに行きまして、その時に自分の運転するゴーカートの左隣に座っていたマキさんから「運転が上手だね」って、まるで魔法や暗示を掛けられたかのような一生頭から抜けない様な何か不思議なエネルギーが込められた言葉を掛けられまして、結局それがキッカケで現在自分はタクシー運転手です。

  • #5

    山田太郎 (日曜日, 23 10月 2016 23:36)

    >昔の友人さま

    正助さんは、おそらく今も調布に住んでいるみたいで、20年以上、お父さん以外の人付き合いがないとのことですので、一度訪ねてみるといいかもですね。21年前の昔の友人さまが最後の関わりだったのかもしれません。藤原マキさんとよみうりランドへゴーカードデート! うらやましいです!