【美術解説】近藤聡乃「少女時代の記憶」

近藤聡乃 / Akino Kondoh

少女時代の記憶


※1:「Kiya Kiya」アニメーション(2010-2011年)
※1:「Kiya Kiya」アニメーション(2010-2011年)

概要


生年月日 1980年
国籍 日本(ニューヨーク在住)
表現媒体 漫画、絵画、アニメーション
公式サイト http://akinokondoh.com/

近藤聡乃は日本のマンガ家、アニメーション作家、美術作家。1980年千葉県生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。文化庁新進芸術家海外留学制度、ポーラ美術振興財団の助成を受け、2008年よりニューヨーク在住して制作している。2016年にアメリカ人と国際結婚。

 

表現形式は非常に多様である。まず2000年に漫画雑誌『アックス』で漫画家としてデビュー。幻想的な世界を描いた初単行本「はこにわ虫」を刊行後、いくつかの漫画誌を経て、現在は漫画誌『ハルタ』でアラサーの恋愛漫画「A子さんの恋人」を連載、ほかに、ニューヨーク在住体験を描いたエッセイコミック『ニューヨークで考え中』をウェブマガジン『あき地』で連載している。

 

多摩美術大学在学中に、知久寿焼(元たま)の楽曲をモチーフにしたアニメーション作品「電車かもしれない」がNHK「デジタル・スタジアム」で高評価を得て、アニメーション作家として注目を浴びるようになる。その後「てんとう虫のおとむらい」「Kiya Kiya」などいくつかアニメーション作品を制作。2010年には、「てんとう虫のおとむらい」ダイジェスト版が「YouTube Play. A Biennial of Creative Video」(グッゲンハイムミュージアム、ニューヨーク)においてTop25に選出された。

 

美術作家、ペインティング作家として本格的に活動を始めたのは、2008年のミヅマアートギャラリーでの個展「果肉」から。点数は少なく、さほど話題を呼んではないないものの完成度の高い作品を仕上げている。2013年に開催された個展「KiyaKiya 1/15秒」でもペインティング作品を展示している。

 

多摩美術大学生のアニメーション「タマグラアニメ」の黄金期の世代である。予備校時代の同級生にマンガ家の今日マチ子、大学時代の友人に映画監督の壱岐紀仁がいる。

未分化のままの子どもの世界の感覚


アニメーション作品においてもペインティング作品においても共通して近藤の作品ではあるモチーフがあるモチーフに変化するようなシュルレアリスティックな表現を使っている。

 

たとえば、てんとう虫がボタンに変化し、蛙だと思ったものが石に変わり、箱の中のうさぎはクリームパンに変わる。また果実が女性器に見えるようになる。デペイズマンダブルイメージといった古典的前衛手法を導入しているのが近藤作品の魅力である。

 

しかし、近藤自身はシュルレアリスム手法は全く意識していない。近藤がその曖昧で変化するイメージを描く際にヒントにしているのは、子ども時代の印象的な出来事や記憶であるという。理性や常識に支配されていない、あらゆるものが未分化のままの子どもの世界の感覚で制作しているうちに行き着いた表現なのである。

 

近藤の表現で忘れてはいけないのが思春期少女の性描写である。排卵された卵子の亡霊、卵を育てる少女など産む性としての描写。また延々とスカートの内側に縫い付けられる赤いボタンは、反復する月経を連想させる。さらに、少女が植物へと変身するなどここには、融合、分裂、増殖を繰り返す生殖のイメージがある。

※2:「てんとう虫のおとむらい」アニメーション(2005-2008年)
※2:「てんとう虫のおとむらい」アニメーション(2005-2008年)
※3:《果実》絵画(2008年)
※3:《果実》絵画(2008年)

略歴


電車かもしれない(1980-2003年)


近藤聡乃は芸術一家に生まれた。彼女の父と兄は建築家であり、母は大学でデザインを学んでいたという。近藤は子どものころ、特にテレビには興味をしめさなかったが、代わりに両親に絵本を読み聞かされたり、美術館に連れて行かれた。

 

大衆漫画にもあまり興味がなかったものの、中学生のときに前衛的な漫画雑誌『ガロ』に出会い影響を受ける。彼女のデビュー当時の作品の雰囲気は林静一の影響によるところが大きい。

 

ほかに画家の佐伯俊男に影響を受けており、初期の全体的のドロドログニョグニョした妖しいタッチの雰囲気は佐伯俊男の絵とよく似ている。崩れた三日月のような怪しげな目付きの能面顔の少女は、70年代のガロ系マンガのじめっとした感じを漂わせている。

 

東洋英和女学院高等部卒業、多摩美術大学グラフィックデザイン学科に入学し、本格的に絵の勉強をし始めたころから、これまでの妖しげな雰囲気を残しつつも、少しサッパリした爽やかなタッチに変化していく。

 

近藤聡乃といえばバンド「たま」とのコラボーレション作品が有名だが、「たま」との出会いは多摩美術大学時代にまでさかのぼる。多摩美術大学グラフィックデザイン科に入学し、アニメーションを専攻することになるが、そのときの教授は現在のタマグラアニメの基礎を構築した片山雅博だった。

 

片山は、しばしばアニメーション作家の野村辰寿(現在のタマグラアニメ博主催者)をゲストで招待していたが、その野村はバンド「たま」のファンで、また彼らとアニメーション関係の仕事をしていた。 こうしたつながりから近藤は知久寿焼から「電車かもしれない」の使用許可を得ることができたという。

 

2002年に代表作アニメーション「電車かもしれない」を発表。この「電車かもしれない」の成功で一気に世間にその名が知られ、また作風のイメージが定着するようになる。「電車かもしれない」は「たま」の昭和歌謡風の曲「電車かもしれない」にアニメーションを付け加えたもの。

 

おかっぱ頭の少女「英子」が、昭和の町並みやレトロなインテリアが並ぶ風景をバックに、縄跳びをして遊んだり、ふわふわ浮いてグルグル回転したり、何人にも分裂してダンスするアニメーションである。

 

曲とアニメーションの一体感が完璧で、その完成度の高さは曲の使用許可を与えた知久寿焼自身が、「ヘタするとこっちがイメージを引きずられちゃうんじゃないか(笑)」とコメントしているほどだ。

処女作「はこにわ虫」と卒業制作「てんとう虫のおとむらい」


2004年に近藤は、初単行本『はこにわ虫』青林工藝舎より刊行する。この作品は2000年から2003年にかけて漫画雑誌『アックス』や『コミックH』に掲載された作品を中心に収録されたもので、約4年にわたる作風の移り変わりがよく分かる。

 

「はこにわ虫」には、「平成15年度[第7回]文化庁メディア芸術祭 マンガ部門審査委員会推薦作品」に選ばれた「つめきり物語」や、自費出版の「てんとう虫のおとむらい」が収録されており、これ一冊で初期近藤聡乃の作風が把握できる。

 

「てんとう虫のおとむらい」は、その後、アニメーション化もされ(音楽は知久寿焼)、多摩美術大学グラフィックデザイン学科の卒業制作となった。

近藤聡乃『はこにわ虫』(青林工藝舎刊)より。
近藤聡乃『はこにわ虫』(青林工藝舎刊)より。

卒業制作をリメイク「てんとう虫のおとむらい Ver.2」


しかし、卒業制作として作られたアニメーション版「てんとう虫のおとむらい」は、納得いく出来ではなかったため作り直すことになる。再度挑戦して制作されたものは、オリジナルと全く異なるものとなり、2006年にミズマアートギャラリーで行われた個展「てんとう虫のおとむらい」で公開された。

 

新バージョンでは、2匹のてんとう虫を打ち殺してしまうシーンから始まり、繰り返し襲ってくる罪悪感と存在不安の悪夢の中で、スカートの内側に何百ものボタンを縫い付けていくストーリーとなっている。全体を通して薄暗いものの、初期のマンガ作品のようなドロドロ感は全くなく、非常に美しい作品に仕上がっている。

 

これは「てんとう虫が手から地面に落ちた瞬間、車に轢かれて死んだ事。このように小さい頃には怖くてたまらなかった“悪夢”が、大人となった今では懐かしく美しいものとして思い出されることに気付き制作した」という制作コンセプトがあったためである。

ペインティングに挑戦し本格的なファインアート作家へ「果肉」


「果肉」は、2008年に東京のミヅマアートギャラリーで開催された近藤聡乃の個展。本展はすべて油彩の作品で構成されており、これまでのアニメーション作家としての近藤聡乃から、画家・ファインアートとしての近藤聡乃への脱皮をはかった展示といえる。

 

本格的に油彩作品の展示は初めてだったと思われるが、その作品の完成度はきわめて高いもので、彼女の生まれ持った芸術的才能が遺憾なく発揮されていた。

 

近藤がアニメーションから絵画に移行した背景にはアニメーションに対する懐疑がある。近藤は前回の個展でアニメーション『てんとう虫のおとむらい』を発表したが、その後、約3000枚の原画からなる動画をあらためてを見返したときに、絵画のような「1枚の絵」として成り立っている原画がほとんどないことにショックをうける。そして、絵画として成立していない薄っぺらい絵の蓄積であるアニメーションに対して違和感を覚えるようになったという。

 

また、コンピューター上で背景と合成された絵の物質感のなさは、今まで自分が何を描いていたのかという漠然とした不安を彼女に生じさせ、枚数よりも存在感のある1枚を描きたい、という思いが絵の具を積み重ねて描いていく油彩に着手するきっかけになった。

【展示解説】近藤聡乃「果肉」

※4:《果肉》2008年
※4:《果肉》2008年

まだ言葉として存在していない抽象的なもの「KiyaKiya(2011)」


近藤は2008年秋よりニューヨークに拠点を移した。海外生活をするなかで苦労したことに言語問題があった。日本語と英語の表現の幅に差があるため、相手に自分の気持ちを伝えるのに何度ももどかしい思いをしたという。

 

こうして幾度となく生じる言語的摩擦を通じて、近藤は次第に「言語」に関心を持つようになっていった。知っている感情だが、それを言い表すための言葉がうまく見つからないという気持ちがあった。

 

ある日、近藤は澁澤龍彦『少女コレクション序説』中の「幼児体験について」という一編で「きゃきゃ」という不思議な言葉に出会った。この言葉が「デジャ・ ヴュの後の寂しいような、何かを思い出しそうな、なんともいえないあの感じ」を意味であるとわかったとき、自分が探していた言葉を見つけることができ、もどかしい思いを解消できた。

 

そしてまた、まだ何語にもなっていない抽象的なものがこの世には意外とたくさんあることに気づく感覚を視覚芸術化することにした。それが2011年のアニメーション作品「KiyaKiya」である。

 

「KiyaKiya」 の世界では、あらゆるものが目まぐるしく移動し、変身し、入れ替わり、そこに幾重もの境界が出現する。紙芝居で物語を語る少女の前面には、読めそうで読めない文字が現れては消える。そして、読めそうで読めない文字から、変幻自在な生き物が出現し、草木の蔓や木の実に変わり、交わった少女の身体を赤や青の自分の色に染めていく。

 

また、アニメーションの中には実際に鑑賞者が読めない記号のような文字がたくさん出てくる。鑑賞者もまた近藤と同じく、文字とは認識できるけれど、読めない文字のもどかしい感覚、言葉を知らないことに対する怖さみたいなものを感じて欲しかったからだという。ちなみにこの不思議な文字は、ひらがなの五十音とアルファベットの4文字で全部で54文字を作り、 それをパーツに組み換えて表示したもので、具体的な意味はないようである。

1人の少女が同時進行する3つの時間軸「KiyaKiya(2013)」


2011年に制作されたアニメーション作品「KiyaKiya」には、「言語」のほかにもう1つ重要なテーマがある。それは「時間」というテーマである。

 

「KiyaKiya」は、約6分半の映像を作るのに実作業だけで1年半かかり、制作時は凝縮されたような膨張されたような特殊な時間の流れをたびたび感じたという。その時間感覚は作品の中でも表現されており、1人の少女が同時進行する3つの時間軸にそれぞれ存在し、別々の生活を繰り返しながら、少しずつ干渉し合い、永遠にそれが続いていくという物語となっている。

 

近藤の時間に対する関心は、何も「KiyaKiya」制作時だけでなく、日ごろから抱いていたことである。近藤は子どものときに感じた「1時間半」と大人になった現在の「1時間半」では時間の密度が異なるように感じるという。現在の「1時間半」はあるかないようなものであるのに、20年前の「1時間半」は絶望的に長い時間で、そうした密度の異なる時間がいくつも存在するという。そしてまた、密度の異なる時間を感じるたびに「胸がきやきやする」するのだと。

 

こうした背景から、近藤は2013年「KiyaKiya」を時間的な視点からより深く見直す個展を開くことにした。「KiyaKiya」は、普通に再生すると6分半で終わってしまうアニメーションだが、その1秒1秒は15枚の絵からできている。そこで「6分半の映像」としての時間と、「1/15秒の絵の集積」としての時間。この2つの時間を「違うもの」として扱うことにした。

 

アニメーションだけでなく、ドローイングと油彩を展示することにした。つまり「アニメーションという時間」と「絵画という時間」の並列である。会場はミズマアートギャラリーと六本木ヒルズA/Dギャラリーの二会場が使われることとなった。

 

六本木ヒルズA/Dギャラリーでは「KiyaKiya―アニメーション原画展」として、アニメーションの1/15秒を構成している原画や背景を展示。ミズマアートギャラリーでは「KiyaKiya 1/15秒」、前回の「KiyaKiya」のアニメーション作品に加えて、アニメーションの中には「存在していない時間」をドローイングと油彩で新たに描いて展示。

 

合計3つの時間をとらえようと試みたのがの狙いだった。

※5:《KiyaKiya_painting11》2013年
※5:《KiyaKiya_painting11》2013年

活動履歴


個展  
2013 「KiyaKiya 1/15秒」ミヅマアートギャラリー/東京
  「KiyaKiya アニメーション原画展」六本木ヒルズA/Dギャラリー/東京
  「KiyaKiya 1/15秒」galleri s.e/ベルゲン、ノルウェー
2011 「kiyakiya」ミヅマアートギャラリー/東京
2008 「果肉」ミヅマアートギャラリー/東京
2007 「hint」Tache-Levy Gallery/ブリュッセル、ベルギー
2006 「てんとう虫のおとむらい」ミヅマアートギャラリー/東京
2004 「近藤聡乃展」trance popギャラリー/京都
2003 「近藤聡乃展」ギャラリーエス/東京
グループ展  
2019 アート・バーゼル香港/香港
2018  「MAM SCREEN 008: 近藤聡乃」森美術館/東京
2013 「The Garden of Forking Paths:Exploring Independent Animation」OCAT,
OCT Contemporary Art Terminal Shanghai/上海、中国
2012  「ジパング展-沸騰する日本の現代アート」新潟県立万代島美術館/新潟、秋田県立近代美術館/秋田へ巡回
   「Planete Manga!(at Studio 13/16)」Centre Pompidou/パリ、フランス
2011  「East West Connect」Above Second Gallery/香港
受賞歴  
2010 アニメーション「てんとう虫のおとむらい」ダイジェスト版
・YouTube Play:Biennale of Creative Video」、TOP 25 videos
2003 マンガ「つめきり物語」-平成15年度第7回文化庁目メディア芸術祭、マンガ部門審査委員会推薦作品
2002 立体作品「はこにわ虫」-GEISAI1-GP/草間彌生賞
  第3回ユーリ・ノルシュテイン大賞/観客賞
  平成14年度第6回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門/奨励賞
  BS-hi「デジスタ」デジスタ・アウォード2002 アニメーション部門賞
2000 マンガ「小林加代子」-第2回アックス新人賞/
奨励賞
 コレクション  
  Asia Society、ニューヨーク、アメリカ
  川崎市市民ミュージミアム、川崎
 

森美術館、東京