141.チャールズ・マンソン「マンソン・ファミリー」

チャールズ・マンソン / Charles  Manson

マンソン・ファミリー


概要


チャールズ・ミルズ・マンソン(1934年11月12日-)は、アメリカの犯罪者、ミュージシャン。1960年代後半にカリフォルニアの砂漠に「マンソン・ファミリー」というヒッピーのような生活共同体を築いていた宗教団体として知られている。


1971年に、マンソンはグループのメンバーに、女優のシャロン・テートとテートの家に住んでいた4人、およびラビアンカ夫妻の殺害を指示した共謀罪で有罪判決を受けた。


マンソンは、ビートルズの楽曲の『ヘルタースケルター』から着想を得た独自の終末思想を信じていた。その内容は、ビートルズの『ヘルタースケルター』はこれから起こる白人と黒人の人種間戦争を引き起こすことを想定した予言ソングであるというものだった。1969年にヘルター・スケルターは発生するが、自分自身についてきた選ばれたものたちだけは、ヘルター・スケルターを回避することができると説いてまわった。


しかし、1969年になってもヘルター・スケルターが発生しなかった。そこでマンソンは予言成就のために

 

「ヘルター・スケルターは、回避するものではなく、選ばれた私たちが引き起こすものだった!今こそヘルター・スケルターの時は来た!」

 

と叫び、白人の殺害の実行を指示した。殺害すれば黒人たちが一斉に蜂起して、ヘルター・スケルターが始まるという理論だった。


標的とされたのは、当初、過去にマンソンといざこざのあった音楽プロデューサーのテロ・メルチャーだったが、テロ・メルチャーが住んでいると思っていた家にはマンソンとは全く関係のない映画監督ロマン・ポランスキーとその妻シャロン・テートが暮らしていた。テロ・メルチャーはすでに屋敷を売り払って引っ越していたため、運悪く臨月を迎えた26歳の女優シャロン・テートが、事件当時、家に滞在していた。


臨月を迎え大きなお腹を抱えていたテートは涙ながらに懇願した。


「お願い私を殺さないで!私は赤ちゃんを産みたいだけなの!」


「知ったことか、この売女」


無情にもテートは全身を16ケ所も貫かれたテートは激しく出血して死亡した。その血でタオルを濡らしたアトキンスは居間のドアに大きく「pig」と書きなぐった。


スーザン・アトキンス
スーザン・アトキンス
「Pig」:現場にあったタオルにテートの血を濡らしてドアに書いたようだ。
「Pig」:現場にあったタオルにテートの血を濡らしてドアに書いたようだ。
アトキンスに刺されたテートの身体箇所。
アトキンスに刺されたテートの身体箇所。