144.言語ネットワーク

言語の未来


現在の英語ほど世界中に広まった言語はない。どの大陸にも、英語を母語にする人々がいて、どの大陸にも、英語を公用語にする国がある。これらの国々の総人口は20億人。科学出版の分野における英語は、明らかに共通語として用いられている。2001年、科学論文の90パーセントは英語で書かれ、占有率で2パーセントを超える言語はほかになかった


このような成功は、言語としての英語の特徴とは関係がない。すべては、産業革命や通信革命を含む数世紀のあいだ、イギリスとアメリカが握り続けてきた世界的覇権の賜物なのだ。いったん固定化された状況は、終わらせるのがむずかしい。

 

またいくら中国が台頭しても、今後数十年間に広まる可能性は低い。中国語の普及を阻む大きな理由は、表意文字を使った筆記システムに求められる。基本的な文章を理解するためには、苦労して三千から四千の漢字を憶える必要があり、もっと複雑な文章の場合、記憶すべき漢字の数はもっと増える。中国語の人気は高まっていくだろうが、爆発的な人気にならず、英語と張り合うことも、ましてや英語にとってかわることもないだろう。

 

ヒンディー語もインドの人口増加とともに伸びるだろうが、現時点では国内の共通語にさえなっていない。しかもエリート層は英語を好む。中国語、ロシア語、スペイン語、ポルトガル語などの第二言語群は、その地域の少数言語を滅ぼしながら、地域的な優位性を高めていくだろう。

 

英語支配を脅かすものがひとつある。それはコンピュータである。コンピュータによる翻訳能力は飛躍的に上昇し、外国語学習をペン習字のように時代遅れのものにする。

英語・中華・ユダヤ


現在、日本人は冷戦後の世界認識、つまりアメリカ一極支配の視点のまま、多極化時代に突入しようとしている。

 

アメリカ視点で認識できる「世界」はきわめて限定的であり、大きく歪められた「世界」像しか見えなくなる。そこでいまこそ、時代や環境の制約を乗り越えて「世界を知る力」を高めることが痛切に求められているのである。

 

これからは、目に見えないネットワークに着目することが重要だ。ネットワーク型の視界をもつというのは、一見バラバラに見える断片的な現象、情報に対して「相関の知」を働かせることだ。それは、地理的なネットワークや経済的なネットワークに限らない。

まず「大中華圏」。中華人民共和国に台湾、香港、それから華僑国家とよばれるシンガポールを含めた産業的実体のネットワークだ。香港は、返還後、一国ニ制度の下、資本主義システムのまま、金融や流通、文化の一大交差点として香港を発展しつづけ、国内とアジア、そして世界をつなぐ大中華圏の基点となった。また、台湾は1つの中国という原則を維持しながらも、経済協力を推進し人的・文化的交流を深めるほど、したたか、かつ柔軟に対応してきたといえる。

特にこれから重要なのがシンガポールだ。シンガポールは、現在「大中華圏の研究開発センター」となっており、ゲノム科学、バイオテクノロジーの先端的な研究を背景にし、他の国では受けられない様な先進医療を受けるため、中国本土から中国人富裕層が大挙してやってくるようになった。

またシンガポールは、大英帝国の支配下にあった主要都市(ロンドン、ドバイ、インドのバンガロール、シンガポール、オーストラリア)をつないだネットワーク「ユニオンジャックの矢」の一部でもある。ロンドンは、シンガポールがASEANの窓口となっていることに着目し、その人の流れをロンドンに取り組むことで、ロンドンをアジアと欧州につなぐゲートウェイにしよう考えたのである。

シンガポールはしばしば「バーチャル国家」といわれる。土地、資源、原材料という生産要素よりも、良質の労働力、資本、情報をもっぱら重視する国家。そしてほかの地域にある身体を結びつける神経のようなもの。バーチャル国家を根底から支えるのもネットワークであるのだ。


そして、古くからある国際ユダヤ人によるユダヤネットワークにも注目したい。ユダヤ的思想の基軸は2つある。「国際主義」と「高付加価値主義」だ。国家という枠組みよりも、国境を越えた価値を重視する視点。これを「ユダヤグローバリズム」「ユダヤ国際主義」と呼ぶ。高付加価値主義とは、無から有を生み出すことに最大の価値を見出す視点だ。

 

国家を喪失し、離散と流浪を余儀なくされるなか、ユダヤ人は、科学技術、芸術、金融、ジャーナリズム、弁護士、医学など「技術」や「情報」など頭ひとつで労働できる方法を考えたのだ。決して遺伝的に優れていたわけではなく環境がそうさせたのだ。アメリカ一極支配の基軸は「国際主義」と「高付加価値主義」のユダヤ的思考に引っ張られてきたともいえる

 

こうして多極化していくなかで、ユダヤ的思考やシンガポールを中心とした華僑ネットワーク型など、国境を超える分散型ネットワークが、うねりのような相関のなかで、世界を動かしていくのが21世紀の構図だろう。そのため、ネットワークを形成できる国や地域だけが力を発揮できる時代へと、現実は向かいつつある。いまのアジアをとらえるのに「雁行形態論」はもはや有用なツールとはいえない。どこかの国が先頭に立ってアジア全体をリードするという時代ではなくなっているのだ。(参考文献:世界を知る力 寺島実郎)