奈良美智

奈良美智 / Yoshitomo Nara

自分が見た風景


「春少女」(2012年)
「春少女」(2012年)
生年月日 1959年12月5日
出生地 日本、青森県弘前市
居住地 日本、栃木県那須
国籍 日本
職業 画家・彫刻家

概要


奈良美智(1959年12月5日、青森県生まれ)は、日本の画家、彫刻家、ドローイング作家。

 

1990年代に発生した日本のネオ・ポップムーブメントの時期にアートワールドの前衛で注目されるようになる。

 

奈良の絵画やドローイングは、絵本を彷彿させるシンプルでかわいらしい造形であるものの、実際には奈良の愛するパンクロック文化に影響された部分的に見られる。

 

無垢で目を大きく見開いた子どもや犬がモチーフになるのが特徴で、トレードマークともなっている。これらは退屈と欲求不満のときの子ども時代の感覚をすくい上げ、また同時に退屈と不満から自然と発生する激しい独立心を取り戻そうようとする試みであると言われる。

 

絵画や彫刻に加えて、奈良は多くのドローイング作品を制作するのが特徴で、それらはいつもポストカードの裏側や封筒、紙切れなどに描かれ、英語やドイツ語や日本のテキストが添えられる。何度も描き直したり、時間をかける絵画と異なり、ドローイングは即興的に描く。 

 

2010年から翌年にかけて、ニューヨークのアジア・ソサエティー美術館で行われた大規模な個展「Nobody’s Fool」も好評を得、同館での過去最多の入場者数を記録。2010年に奈良は、米文化に貢献した外国出身者をたたえるニューヨーク国際センター賞を受賞。

 

現在は日本の栃木在住で日々制作をしているが、作品発表は日本のみならず世界中で展開している。1984年から40以上の個展を開催している。

個展


2016年 奈良美智個展「タイトル未定」(台北・北師美術館)

2016年 奈良美智個展「新作」(ロンドン・ステファン・フリードマンギャラリー)

2015年 奈良美智個展「Shallow Puddles」(東京・Blum & Poe)

2015年 奈良美智個展「タイトル不明」(ベルリン・Johnen Galerie)

2015年 奈良美智個展「Life is Only One」(香港・アジア・ソサエティ香港)

2015年 奈良美智個展「stars」(香港・ペースギャラリー香港)

2014年 奈良美智個展「Greetings from a Place in My Heart」(ロンドン・デアリー・アート・センター)

2014年 奈良美智個展「個展-Blum & Poe」(ロサンゼルス・Blum & Poe)

2013年 奈良美智個展「個展-Pace Gallery」(ニューヨーク・ペースギャラリー)

2012年 奈良美智個展「The Little Little House in The Blue Woods」(青森・十和田市現代美術館)

2012年 奈良美智個展「君や 僕に ちょっと似ている」(横浜・横浜美術館)

2011年 奈良美智個展「PRINT WORKS」(東京・六本木ヒルズ アート&デザインストア)

2010年 奈良美智個展「New Editions」(ニューヨーク・ペース・プリンツ)

2010年 奈良美智個展「Nobody's Fool」(ニューヨーク・アジア・ソサエティ・ミュージアム)

2010年 奈良美智個展「陶芸作品」(東京・小山登美夫ギャラリー)

 

 

 

1989年 奈良美智個展「Irrlichttheater」(シュトゥットガルト)

1988年 奈良美智個展「Goethe-Institut」(デュッセルドルフ)

1988年 奈良美智個展「Innocent Being」(名古屋 / ギャラリーユマニテ名古屋・東京 / ギャラリーユマニテ東京)

1985年 奈良美智個展「近作」(名古屋 / Gallery Space to Space)

1984年 奈良美智個展「It's a Little Wonderful House」(名古屋 /ラブコレクションギャラリー)

1984年 奈良美智個展「Wonder Room」(名古屋 / Gallery Space to Space)

 

略歴


若齢期


奈良美智は、日本の農村地域の共働きの両親の下で育った。自身の空想世界や漫画、ペットとともに一人で自分の時間を過ごすことが多かった。

 

1978年に青森県立弘前高等学校卒業後、状況。1979年に武蔵野美術大学に入学。しかし、一年の終わり頃に、パスポートを取り、ヨーロッパに三ヶ月ほど放浪したため学費がなくなり81年に退学。その後、学費の安い公立学校を受験し、愛知県立芸術大学美術学部に入学。この時代、愛知の河合塾の予備校教師のアルバイトで、お金を貯めてはヨーロッパを旅する。1985年に卒業、87年に同大学院を卒業。

 

翌88年から93年までよりドイツ国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに留学。ドイツを選んだ理由は、美大の選択のときと同じくお金がかからないため。当初はイギリスのほうが自分にあっていたため、イギリスに行きたかったがお金がかかるのでドイツにしたという。結果的に、ドイツでよかったという。

 

欲にまかせてイギリスに行っていたら、お金はなくなるし、楽しいだけで、何も身につけずに帰国していたかもしれないと奈良は話している。奈良の「本当は楽しい場所をあえて避ける」という禁欲的な姿勢は、現在の那須の在住まで続く。

 

ドイツでは、A.R.ペンク(A. R. Penck)に師事し1993年マイスターシュウラー取得。その後ケルン近郊のアトリエを拠点に作品を制作。2000年の帰国までケルンで過ごす。

 

2000年の帰国まで続くケルン時代は多作な時期で、代表的な奈良のイメージとして知られる挑戦的な眼差しの子どもの絵もこの頃頻繁に描かれた。また、この間、日本やヨーロッパでの個展の機会が増え、しだいにその活動に注目が集まる。

日本へ帰国


2000年、12年間におよぶドイツでの生活に終止符を打ち、日本へ帰国。

 

翌年、新作の絵画やドローイング、立体作品による国内初の本格的な個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」が横浜美術館を皮切りに国内5ヵ所を巡回した。いずれの会場でも驚異的な入場者数を記録し、美術界の話題をさらった。

 

特に作家の出身地である弘前市の吉井酒造煉瓦倉庫で行われた同展は、延べ4600名にのぼるボランティアにより運営されたもので、市民の主体的な関わりと参画の規模の大きさにおいて、展覧会の歴史上画期的なものとなった。

 

2003年、クリーブランド現代美術館など米国内5ヵ所で1997年以後の作品による個展「Nothing Ever Happens」が開催される。この頃に出会った大阪のクリエイティブ・ユニットgrafとの協働により、廃材を用いた小屋を中心に展示空間を構成するインスタレーション的な性格の強い作品が増え始める。

 

2006年に青森県弘前市の吉井酒造煉瓦倉庫で開催された「A to Z」展は、そのシリーズの集大成といえるもので、大小約30軒の小屋の内外に奈良自身や彼と交遊のあるアーティストたちの作品を点在させた会場は、さながら一つの街並みのような様相を呈した。

2015 香港個展「Life is Only One」関連


奈良美智香港個展2015

奈良美智「脱カテゴリ」

奈良美智「僕が見た風景」


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