マン・レイ「アングルのヴァイオリン」

アングルのヴァイオリン / Violon d'Ingres

ヌードとヴァイオリン


「アングルのヴァイオリン」(1924年)
「アングルのヴァイオリン」(1924年)

概要


マン・レイの代表作。

 

マン・レイはドミニク・アングルの絵画の崇拝者で、本作はアングルの憂鬱なヌード絵画とターバンを付けたモンパルナスのキキからインスピレーションを得て制作された写真シリーズである。

 

キキのヌード写真の上に弦楽器のf字孔を描き、それを再撮影する形で制作されている。キキの体に直接描いたり、オブジェを付けてはいない。つまり、古典的、伝統的なヌードに上書きするという意味合いがある。1919年にモナリザの写真にひげを付け加えたデュシャンの作品「L.H.O.O.Q.」と同じく、レディ・メイド作品であり、アングルという伝統美術に対する挑戦的な姿勢を示している。

 

また、一見するとキキのヌードにちょっとだけ手を加えて身体を楽器に変容させたユーモラスなら作品だが、彼女の両腕のないポーズについてはあまり熟考されていない。

 

マン・レイはこの作品にアングルのヌードと弦楽器を重ね合わせる意味で「アングルのヴァイオリン」というタイトルを付けたが、実はこの言葉にはフランス語で「趣味」という意味が含まれる。

 

バイオリンを演奏するのがアングルの趣味だったが、キキを玩具としていじることがマン・レイの趣味だったという。

 

ちなみにターバンはどこの国の衣装でしょうかね。f字孔はひげにも見えますよね。マン・レイはユダヤ系アメリカ人です。キキはフランス人です。ちょっと想像するとおそろしい。

 

 

あわせて読みたい

涙
破壊されるべきオブジェ
破壊されるべきオブジェ
贈り物
贈り物


コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    ドミニーク (火曜日, 15 11月 2016 04:28)

    「ターバンを付けたモンパルナスのキキからインスピレーションを得て」とありますが、そもそもターバンもその憂鬱なヌードと卑下されている「ヴァルパンソンの浴女」からの全くの借用なのでは?。アングルやドラクロワの時代、東方趣味(アジアに限定されることなく、欧州から見た東)が大いに流行するわけですが、ターバンはそこからです。アングルには「トルコ風呂」と題された代表作がありますが、彼自身は"東"に旅したことはありません。ですから、どこの国の衣装というわけでなく、東方風として描かれているだけです。

    「アングルのヴァイオリン」をテーマとしてお書きですが、単に「趣味」と書かれてしまうのは少し乱暴に思います。言葉そのものの意味も含めて、”作品解説”としてはどうなんでしょうか。何をもって、マン・レイはアングル=伝統美術に挑戦しているとお考えなのでしょう?。彼自身がアングルを否定した言葉を残しているのでしょうか?。冷やかしめいたパロディ?、それとも憧れ?、リスペクト?。この写真が撮られた背景には、はっきりと表明はされていない作者の「意図」が思わせぶりに込められている。その謎解きも、間違いなくこの写真の魅力を成している要素の1つなのだと考えます。

    どうも、マン・レイ側(この写真のファン)から語られるアングルに対する知識、文章としてネットと言う公に私見を公表する際の検証、書かれ様にぞんざいなものが多く、ついこちらにこんなふうに書いてしまいました。アングル好きからのささやかな抵抗(愚痴?)です。悪しからずお許しください。

  • #2

    管理人 (火曜日, 15 11月 2016 06:31)

    >ドミニークさま
    ありがとうございます。次回編集する際に参考にさせていただきます。