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【作品解説】ルイス・ブニュエル&サルバドール・ダリ「アンダルシアの犬」

アンダルシアの犬 / Un Chien Andalou

フロイト流自由連想法で制作したシュルレアリスム映画


概要


作者 ルイス・ブニュエル、サルバドール・ダリ
制作年 1929年
製作国 フランス
ムーブメント シュルレアリスム
言語 サイレント映画

『アンダルシアの犬』は、1929年にルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの二人が共同監督として制作した無声短編映画。

 

美術史としては初めてのシュルレアリスム映画として評価されているが、映画においてはカルト映画の古典として、またルイス・ブニュエルの初作品と紹介されることがよくある。

 

公開当初はパリにある映画館スチュディオ・デ・ユルスリーヌで限定上映だったが、最終的には8ヶ月にわたるロングラン上映の大ヒット作品になった。

プロットが存在しないのが特徴


『アンダルシアの犬』は、従来の映画とはまったく異なり、原因と結果、因果関係をあらわす「プロット」というものがないのが特徴である。「むかしむかし」というシーンから、間にあるはずの出来事やキャラクターの変化など、後につながる要素が一切ないまま、唐突に「8年後」の世界へ移動する。

 

鑑賞者が混乱してしまうため通常の映画ではありえないが、この映画では意図的にプロットを省いている。その理由は、ダリとブニュエルは当時の芸術ムーブメントだったシュルレアリスム芸術の映画版を作ろうとしたからである

 

シュルレアリスムとは簡単にいえば、寝ているときに見る夢の世界を描いた表現である。夢日記を視覚化したものだといってよいだろう。そのため、この映画の構造は“物語の論理で”はなく“夢の論理”に従って制作されている。

ダリの代表作《記憶の固執》。中央には眠っているダリの姿がある。《アンダルシアの犬》にも現れる蟻が描かれている。
ダリの代表作《記憶の固執》。中央には眠っているダリの姿がある。《アンダルシアの犬》にも現れる蟻が描かれている。
ダリ作品には手首をクローズアップした表現がよく見られる。
ダリ作品には手首をクローズアップした表現がよく見られる。

夢の論理に従った制作方法


夢の論理を用いて映画制作する際に二人が参考にしていたのが、当時、大人気だった精神医学者ジークムント・フロイトの自由連想法やシュルレアリム表現のひとつオートマティスムである。

 

自由連想法とは、人が無意識下に抑圧している事をあぶりだすための精神分析治療方法の1つ。自分でも意識できない無意識の世界を表面化(意識化)することによって、心の病気の根っこを探る。

 

自由連想法方法は簡単だ。たとえば特定の人物に対して心に浮かんだこと、たとえ、それが相手にとっては「全く関係のないこと」や「意味の無いこと」であっても、隠さずどんどん話すようにする。それもなるべく、考える間を与えないぐらい連続で早く告げさせる。

 

こうすることで、その人が無意識に抑圧されている過去のトラウマ経験や認めがたい感情、自分が隠している欲望などの断片が現れるようになる。現れたさまざまな言葉をパズルのようにつなぎあわせることによって、少しずつ意識化させていき、自分でさえ知らなかったことが分かるようになるという

 

この精神分析手法を芸術の世界に持ち込んだのがシュルレアリスムの「オートマティスム」だった。ブニュエルとダリは自由連想法を使って映画の脚本を作った。そのため、映画で現れるさまざまなシンボル、たとえば「蟻」「ロバ」など、1つ1つのシンボルそのものには意味はほとんどない。

 

ブニュエルによれば、映画の意味を調べる唯一の方法は、映画内に現れるシンボルをもとに精神分析を試みることという

目玉、手首、蟻など「アンダルシアの犬」にはさまざまなシンボルが断片的に現れる。
目玉、手首、蟻など「アンダルシアの犬」にはさまざまなシンボルが断片的に現れる。

冒頭の自転車のシーンで椅子に座っている女性が脇に本を投げるシーンがある。床に落ちたときに開くページの絵はフェルメールの《レースを編む女》だが、これはダリが元々フェルメールの大ファンであった理由だけで挿入されている。絵画作品でもダリはよくフェルメールに対して言及することがあった。

 

ただ何を意味しているかまでは分からない。ダリの無意識の世界に沈殿しているものなのだろう。《レースを編む女》の絵が、映画全体に直接関わる伏線ということは特にない。

 

同じようにロバの死骸のシーンがあるが、これは当時、ブニュエルとダリが嫌っていた児童小説作家フアン・ラモン・ヒメネスのロバの小説に言及しているものだといわれている。これも映画全体には何の関係もない。

フェルメールの「レースを編む女」のページ。
フェルメールの「レースを編む女」のページ。
ロバの死骸が引きづられてくるシーン。
ロバの死骸が引きづられてくるシーン。

ブニュエルとダリが見た夢を元に映画を制作


ブニュエルはある日レストランで、ダリにかみそりで目を切り裂くように、細い横雲が月を横切って半月になる夢を見たと話したという。一方ダリは、手のひらに蟻が群がっている夢を見たと返答し、興奮したブニュエルは「二人のイメージを融合した映画を一緒に作ろう!」と叫んだという。

 

映画の制作費はおもにブニュエルの母が捻出している。撮影は1928年5月に10日間にわたってルアーブルやパリやビアンクールのスタジオで行われた。

目をカミソリで切り裂く衝撃的シーン


『アンダルシアの犬』で最もショッキングなシーンといえば、女性が目を剃刀で切られる冒頭部であるが、ブニュエルよれば、このシーンは死んだ子牛の目を使ったという。強烈なライトを当てて子牛の皮膚部分を白飛びさせることで、動物の毛皮を人間の皮膚のように見せたという。

変更されたラストシーン


ブニュエルの脚本では、ラストシーンでは大量のハエが群がる男女のシーンになる予定だったが、予算の都合で男性と女性のカップルがビーチを歩いたあとに、砂の中に埋もれて射殺されるシーンに変更された。

YouTubeより