アレクサンドル・スタンラン

アレクサンドル・スタンラン / Alexandre Steinlen

猫と少女の組み合わせ


「ヴァンジャンヌの殺菌牛乳」1894年
「ヴァンジャンヌの殺菌牛乳」1894年

概要


テオフィル・アレクサンドル・スタンラン(1859年11月10日-1923年12月13日)はスイス生まれ、フランスのアール・ヌーヴォー画家、版画家。絵に多く見られるモチーフは、彼が大好きだった猫で少女と一緒に描かれる事が多い

 

スイスローザンヌで生まれたスタンランは、ローザンヌ大学卒業後、フランス東端にあるミュルーズへ移動し、テキスタイル工場でデザイナーの職業訓練積むことになる。この頃まだ20代前半で、スタンランは画家としては見習いだった。

 

その後、スタンランと彼の妻は、画家のフランソワーズ・ボシオンから奨励を受けたのをきっかけに、パリのモンマルトル地区にある芸術コミュニティへ引越すことになる。

 

そこでスタンランは、画家のアドルフ・ウィレットからキャバレー「黒猫」のオーナーや芸人や歌手たちを紹介してもらい、ポスター作成の仕事を受注することになった。これをきっかけに、スタンランはポスターデザイナーとしてキャリアを積み始める。

 

1890年代初頭、スタンランは風景画や植物画をサロン・ド・アンデパンダンに出展する。1895年に制作したリトグラフ作品『歌手街』は、ポール・デルメのベル・エポックの歌につけられた16の書き下ろしのリトグラフを集めた本の口絵に使われた。

 

スタンランが死ぬまでずっと住んだモンマルトルとその周辺の風景は生涯通じて、好んだ場所で、よくその地域の貧しい生活の一面を絵に描いていた。絵画やドローイングに加えて、彫刻も少し作っていた。

 

スタンランは『Le Rire』や『Gil Blas』といった雑誌の仕事も始めるようになり、1883年から1920年の間に膨大な数のイラストレーション仕事をこなした。当時スタンランは、政治的問題に関心をもっており、社会悪を批判していたので、匿名で描かれた作品もたくさんあった。

 

1923年にパリで死去。


Cover, Of Cats (Des Chats). by Theophile-Alexandre Steinlen
Cover, Of Cats (Des Chats). by Theophile-Alexandre Steinlen
Clinique Cheron, 1905
Clinique Cheron, 1905