【作品解説】パブロ・ピカソ「朝鮮虐殺」

朝鮮虐殺 / Massacre in Korea

信川虐殺事件を基にした政治性の高い作品


概要


『朝鮮の虐殺』は1951年1月18日に完成したパブロ・ピカソによる油彩作品。縦110cmx横210cm。パリ国立ピカソ美術館が所蔵している。

 

朝鮮戦争におけるアメリカの軍事介入を批判した内容である。1950年に信川虐殺事件の虐殺事件を主題としており、『ゲルニカ』『納骨堂』『戦争と平和』『サビニの女たちの略奪』と並んで、ピカソ作品のなかでは政治メッセージの強い作品。

 

美術批評家のキルスティン・ホービング・キーンは本作を「アメリカの残虐行為のニュースからの影響とピカソの共産主義的な作品の1つ」と解説している。

 

本作は、マドリード市民の暴動を鎮圧したミュラ将軍率いるフランス軍を描いたフランシスコ・ゴヤの作品『マドリード、1808年5月3日』や、エドヴァール・マネが1869年に制作した『皇帝マキシミリアンの処刑』を下敷きとしている。

 

画面左側に並ぶ犠牲者は人物は、母親と子供、妊婦に置き換えられているが、これは「信川虐殺」の最も悲劇的な事件である「400オモニ(母親)の墓」「102子供の墓」からの引用。

 

画面右側に並ぶ兵士たちは、中世から近代にかけてのさまざまな防具を寄せ集めたようなも不格好な姿で、近代的ロボットのようにも見える。しかし、下半身は尻や性器が丸出しで装備されていない。銃でもなく槍のようなでもない武具の先は蝋燭台のようで、これは女性たちが裸で妊婦として描かれていることで際立っている。多くの鑑賞者は兵士と認識しているが、銃はペニスを暗喩していると思われる。

フランシスコ・ゴヤ『マドリード、1805年5月3日』
フランシスコ・ゴヤ『マドリード、1805年5月3日』
エドヴァール・マネ『皇帝マキシミリアンの処刑』
エドヴァール・マネ『皇帝マキシミリアンの処刑』