壱岐紀仁インタビュー201601

無名の監督がクラウドファンディングで360万の調達に成功するまで

映画「ねぼけ」監督 壱岐紀仁インタビュー


クラウドファンディングで自分のやりたい事をプレゼンしてお金を集める機会が増えている。しかし、実績もない無名の作家がそう簡単に資金調達できるのか疑問に思っている人も多いはず。そこで、2014年に目標金額を大きく上回る360万以上の制作費の調達に成功した新人映画監督・壱岐紀仁さんに、ファンディング成功の秘訣を聞いてみた。(山田太郎)

壱岐紀仁とは


壱岐 紀仁 (いき のりひと)/監督

1980年、宮崎県生。ディレクター、カメラマン。武蔵野美術大学映像学科卒、多摩美術大学修士課程修了。(株)東北新社 Cm演出部に入社、2007年同社を退社後、写真家として活動を開始。瀬々敬久監督作品「へヴンズ・ストーリー」にスタッフとして参加後、映画制作を志す。初の監督作となる映画「ねぼけ」の制作費をクラウドファンディングで調達して話題になる。


映画「ねぼけ」

うだつの上がらない落語家と取り戻せない過去に生きる真海の愛と葛藤の群像劇。クラウンドファンディングによる大規模な資金調達に成功して話題に。第39回モントリオール世界映画祭正式出品作品。新宿ケイズシネマにて、2016年12月17日(土)より劇場公開。

公式サイト:http://neboke.info


クラウドファンディング映画と商業映画のちがいとは?


商業映画は出資額と同額以上のリターンが必要


 クラウドファンディング映画と商業映画の明確な線引きがあるわけではないですが、僕の感覚では「出資者」「制作費用」という部分に集約されていくのではないかと思います。

 

まず、商業映画は制作費用が自主制作映画と桁違いに違います。スタッフの数が大勢のため、制作費が何千万から何億という単位に膨らみます。何千万、何億という桁の制作費になってくると、出資者は企業にならざるをえなくなるわけです。

 

出資単位が大きすぎるから、出資側は回収する必要が出てきます。出資した企業の社員の生活に影響してくるレベルの金額です。最低限、黒字にしないといけない。1億出したら1億以上回収しないと赤字になってしまう。つまり、商業映画の場合は出資額と同額以上のリターンが肝になるのですね。それは、もはや企業投資です。

 

「映画内容の良さ」や「監督の熱意」よりも、ビジネスとして投資対象として魅力かどうかが商業映画における出資判断になる。その場合、投資の重要な要素はコンテンツやスタッフの知名度になるのです。知名度は作品保証になるわけです。この漫画はすでに読者が一万人いるから、この程度の客入りは見込めるとか。

 

だから、商業映画で保証のないオリジナルコンテンツを作るのは難しいです。オリジナルコンテンツで制作する場合は監督や俳優の知名度に関わってきます。カンヌ映画祭やアカデミー賞で受賞しているかどうかとか。

クラウドファンディング映画は「夢を見させる」こと


それに対して、「ねぼけ」のようなクラウドファンディング形式の自主制作映画だと、商業映画に比べるとはるかに低予算になります。出資規模は一口500円程度のものから始まります。そういう小規模な額の場合、個人にとって投資を検討しやすい対象になります。だから、出資者は実際のところ投資金額同等のリターンを求めているわけではなかったりします。

 

クラウンドファンディングの出資者は「夢を見たい」と思って出資して下さっているのだと僕は考えています。 「自分もこのプロジェクトに参加して楽しんでいる」という気持ちを喚起させることが、とても重要になってくるんです。自分が応援したプロジェクトがどんどん大きくなっていく。映画制作者と一緒に夢を見るようなムード作りを出資者は楽しみたいと思っているのではないでしょうか。

 

クラウドファンディングにおいて、身内と全く関係ない知らない人が投資してくれる額の平均は5000円から1万円ですが、この額はやはり投資というよりも“ご祝儀”の意味合いが強いと思います。5000円のご祝儀をもって、応援している映画が世に羽ばたいていく夢をそばで見たいと思うわけです。このご祝儀を出すと、このプロジェクトはどんなにワクワクさせてくれるのかなと。

 

「ねぼけ」のファンドの中心は落語が好きな40代から50代の男性でした。知っている落語家が出演していて、実際に制作が進んでいて、最終的には劇場公開に至る、もしかしたら大入りするか!? 外国の映画祭で受賞するんじゃないか!? こういったワクワクするような夢を想像させる企画であることが重要になるんです。

 

商業映画とクラウドファンディング映画の違いは、ここに集約されてくるのではないでしょうか。

映画『ねぼけ』の制作費のクラウドファンディング企画は2013年10月にMotionGalleryにて開始。約1年半かけて2度ファンディング企画を行われ、両企画あわせて360万以上の資金調達に成功した。
映画『ねぼけ』の制作費のクラウドファンディング企画は2013年10月にMotionGalleryにて開始。約1年半かけて2度ファンディング企画を行われ、両企画あわせて360万以上の資金調達に成功した。

クラウドファンディング出資者の制作環境への干渉はなし


商業映画の場合はもちろん外部からの干渉はあります。制作側もそこに気を使います。商業映画の場合は、お金を出している人が一番強い。特にハリウッド映画の場合が顕著ですけど、編集決定権が監督よりもプロデューサーの側にあるので、監督の思うように作れないケースが多いです。

 

クラウドファンディング映画の場合は、そもそも出資額が小さいため、出資者が内容には口を挟まない傾向にあります。「ねぼけ」の場合、出資者に対して「編集権はすべて壱岐個人に委ねられます。絶対いい映画にしますから、どうか僕を信じてついてきて下さい」というスタンスです。

 

オリジナルの脚本で、落語をテーマにする。監督・撮影・編集は全部、壱岐が行う。まずそういう説明を出資者にした上で、「それでも出資してくれますでしょうか?」という前提でプロジェクトを進めていきました。「信じてついてきてくれ」とか「絶対いいものにします」とか、そういう意気込みを出資者に伝えることが重要になってきます。

制作進行や環境は商業映画とまったく同じ


制作環境そのものは自主制作映画も商業映画も基本は同じです。

 

プロの俳優を使うことは可能だし、プロのカメラマンやハイエンド機材だって使える。自主制作で予算が無いから、ギャラは出ませんということもありません。「ねぼけ」も芸能事務所を通してきちんとギャラも払いましたし、税務署で源泉徴収税の手 続きもしました。撮影前には、万が一の事故に備えて、俳優スタッフ全員に保険もかけました。

 

プロダクションデザイン(制作体制)自体は商業映画とまったく同じ方法だったと思います。作品のクオリティを担保するために、何を捨てて何を活かすか、まだやれることはないかと、ずっと自問自答しながら作っていました。 映画に限らずアートも音楽も、自主制作の現場はクオリティを維持するために采配と選択の連続です。