· 

【美術解説】ギャスパー・ノエ「馬肉屋の親父と白痴の少女」

ギャスパー・ノエ / Gaspar Noe

馬肉屋の親父と白痴の少女


概要


ギャスパー・ノエ(1963年12月27日生まれ)はアルゼンチンの映画監督、映画評論家。アルゼンチンの画家で作家のルイス・フェリペ・ノエの息子。


12歳でパリに移住。ルイ・リュミエール国立高等学校卒業後、スイスのサースフェーにあるヨーロッパ大学の映画科の客員教授となる。最も知られている作品は世界標準だと「I Stand Alone」「Irréversible」「Enter the Void」の3本の映画。


91年『カルネ』でカンヌ映画祭国際批評家週間賞受賞。98年、続編にあたる初長編映画「I Stand Alone(カノン)」をカンヌ国際映画祭出品。02年長編2作目「Irréversible(アレックス)」、09年長編3作目「Enter the Void」共にカンヌ映画祭コンペ部門出品。


スタンリー・キューブリックの作品は、ノエに大きく影響を与えているものの1つで、自身の作品内でもキューブリック作品に言及することがよくある。映画雑誌『Sight & Sound』2012年9月号でノエは、7歳のときに見た「2001年宇宙の旅」の存在なしに、自身の映画監督の立場はありえないとコメントをしている。


また1983年のジェラルド・カーギル監督のオーストリア映画「Angest」も大きな影響を与えた作品であるという。ほかにミヒャエル・ハネケ「Amour」、ルイス・ブニュエル「アンダルシアの犬」、ディヴィッド・リンチ「イレイザー・ヘッド」などからも影響を与えたという。


彼の3本の長編映画は、フランス俳優フィリップフィリップ・ナオン演じる名無しの馬肉屋は、ノエの映画を語る際には外せないキャラクターで、これまでこの馬肉屋は『カルネ』『I Stand Alone』、そして『Irréversible』でゲスト出演している。

馬肉屋の出世作「カルネ」。日本でもおなじみ。隠れ馬肉屋ファンは多いはず。
馬肉屋の出世作「カルネ」。日本でもおなじみ。隠れ馬肉屋ファンは多いはず。
日本タイトルは「カノン」。カルネ後の馬肉屋の話らしい。未見。
日本タイトルは「カノン」。カルネ後の馬肉屋の話らしい。未見。
日本タイトルは『アレックス』。主演ではなくゲスト出演しているよう。未見。
日本タイトルは『アレックス』。主演ではなくゲスト出演しているよう。未見。

作品


カルネ


フランスで一部の人に人気の映画監督ギャスパー・ノエの代表作品。タイトルの「カルネ」とは馬肉のことだが、その色と安さからフランスでは軽蔑的な意味が含まれている。


肉屋の店主の妻は女の子を出産後、知的障害であることがわかると2人を残したまま出て行ってしまう。屠畜という職業上のためか男は周囲から蔑まれ孤独にみえる。妻が出て行った現在、そうした軽蔑的環境における唯一の仲間は知恵遅れで一言もしゃべれない人形のような一人娘だった。馬肉屋の娘を溺愛する生活が続く。 

 

ある日、娘に初潮が訪れる。スカートの血のシミを見た父は、男に襲われたと逆上して若者を殺しにいってしまい、投獄されることになる。しかし、刑務所生活のおかげでこれまでの環境から距離を置くことができ、娘と自分との関係を見つめなおすことになり、男に心の変化が現れるように……

 

この映画は孤独な男の一人娘への屈折した「愛と成熟」がテーマのように思える。この父親の娘への愛はすごく一方的なもの。まったく口の利けない白痴の娘は、かわいがってくれている男が「自分の父」であるかどうか認知しているのも怪しく、また男は父である自分のことを愛してくれているのか分からないことに悩む。しかし保釈後、保釈金返済のため馬肉屋を売りわたし、バーの豚みたいな女の男娼になるのをきっかけに、過去(馬肉屋)を精算し、溺愛する娘とも距離を取り離れ、男は新しい人生に旅立つことで成熟を迎える

 

かつては人形のように扱っていた娘との抱擁はまさに親子のもの。しかし、やっと正常な親子関係になれたはずなのに、「カルネ」を止めることで、馬の頭を叩き切ることで、親子は別れなければいけなかったのである。

 

冒頭の過激的な「死(馬肉屋の終わり)」と「生(娘の出産)」のシーンが、この映画のすべてを伝えている気がする。