ヴィクトル・ブローネル

ヴィクトル・ブローネル / Victor Brauner

自らの未来像を予測したシュルレアリスト


概要


ヴィクトル・ブローネル(1903年7月15日-1966年3月12日)はユダヤ系ルーマニア人の画家、シュルレアリスト。1937年以降パリで活動。キュビスムをへて、1932年シュルレアリスムに転じる。


ヴィクトル・ブローネルは、幼年期をルーマニアのブカレストで送ったが、彼の父は心霊学の愛好家で、こっくりさんや魔法の実験に凝っていたらしい。


ある時期、ブローネルはその絵のほとんどすべてに、片方の眼を傷つけた1人あるいは多数の人物を描いていた。それは彼の自画像でもある場合もあった。

 

ところが、この強迫観念のようなテーマは、やがて彼の身に現実に起こったのである


1938年、画家仲間の友人の家で喧嘩が起こり、オスカル・ドミンゲスの投げたガラスの破片が、彼の左の眼球に深く突き刺さり、ブロオネルは片目を喪失するのである。

 

彼は喧嘩の当事者ではなく、それは全く偶然の出来事にすぎなかった。しかしそれより6年も以前に、彼は「眼球を摘出した自画像」なるポートレイト作品をみずから描いていたのである

ヴィクトル・ブローネル「セルフ・ポートレイト」
ヴィクトル・ブローネル「セルフ・ポートレイト」

略歴


ブローネルはルーマニアのピアトラ・ネアムツで、木材加工職人の息子として生まれた。生まれてから数年間、家族とともにウィーンに移動して定住し、小学生時代をそこで過ごす。

 

1914年に家族とともにルーマニアへ戻ると、ブローネルはブライラの福音主義の学校へ通う。この頃、動物学に関心があったという。

 

1916から1918年までブカレストにある国立美術大学に通う。この頃、ポール・セザンヌの画法で風景絵画を始めた。その後、前衛芸術運動が起こると、ダダイスム、抽象絵画、表現主義などに影響を受けるようになった。

 

1924年9月26日に、ブカレストにあるモーツァルトギャラリーで最初の個展を開催。この時代にアイレリー・ボロンカと出会い、ともに雑誌『75HP』を出版する。

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