卑猥な修道女 クロヴィス・トルイユ

「フランスの横尾忠則」といわれるクロヴィス・トルイユは、1889年、アミアン近くのラ・フェールという町で生まれた。


毒々しい着色石版画のような土俗的な猥雑さや、俗悪としか言いようがない明るい原色の氾濫や、さてはスキャンダラスな、エロティックな、サディスティックな主題。表面的な明るさやけばけばしさの裏側には、諷刺の毒や嘲笑の毒がみなぎっており、また反宗教的、瀆神的な、どす黒い悪意が渦巻いている。

 

グレヴァン博物館に蝋人形を納める工場で永らく働いていたという。いわば、この画家はマネキン作りの職人上がりなのであり、美術学校でアカデミックな勉強をした画家ではないのである。

 

ブルトンがトルイユの異常な資質を発見してシュルレアリスム展に参加させたが、トルイユ自身は、べつにシュルレアリストであったことは一度もなく、一種の日曜画家、素人画家であった。見方によっては、トルイユはアンリ・ルソーの系譜につながる。あるいはアール・ブリュットの絵画に近いかもしれない。

 

トルイユの女は、いずれも「プレイボーイ」誌のヌード写真のようにセクシーだが、非現実的でありネクロフィル的な趣味が反映しているように思われる。

 

ここでは、トルイユの絵に多い修道女のエロティシズムに関する絵画ばかりを集めてみた。


「私の絵は女への愛の歌であり、私の思春期に、ひどく失われたもへの歌である。(クロヴィス・トルイユ)」