【完全解説】ガラ・ダリ「ダリ・ミューズ」

ガラ・ダリ(Gala Dalí)

 

ガラ・ダリ(1894年9月7日-1982年7月10日)は、ポール・エリュアールの前妻であり、のちにサルバドール・ダリの妻として知られている。一般的には「ガラ」という愛称で呼ばれている。彼女はミューズとして多くのシュルレアリスム作家や画家に影響を与えた。

 

ガラは、タタールスタン共和国のカザンの知識階級の家庭で、エレナ・イヴァノヴナ・ディアコノワとして生まれた。子ども時代の友人に詩人のマリーナ・ツベターエワがいる。モスクワに住んでいた1915年ごろは、学校の先生をしていた。

 

1912年に彼女は、肺結核の治療を受けるためのスイスのダボス近くにあるクラヴァーデル療養所に入院する。そのころに詩人のポール・エリュアールと出会いに恋に落ちる。彼らは二人とも17歳だった。第一世界大戦がはじまると1916年に、彼女はポール・エリュアールと再会するためにロシアからパリへ移住する。一年後、結婚した。1918年には2人のあいだに娘が生まれたが、ガラは育児嫌いだったため母親時代は子どもの世話をしなかったという。

 

エリュアールとガラはシュルレアリスム・ムーブメントに巻き込まれ、ガラはエリュアール、ルイス・アラゴン、マックス・エルスント、アンドレ・ブルトンといいった多くの画家や詩人にインスピレーションを与えた。ブルトンはのちに彼女を嫌い、彼女と仲良くなったアーティストに悪影響を与えるその性格を批判した。ガラは1924年から27年のあいだ、夫であるエリュアールだけでなくマックス・エルスントとも不倫をしていた。

 

1929年の8月、エリュアールとガラはスペインの若いシュルレアリスム画家のサルバドール・ダリを訪ねた。ガラとダリは10歳以上年が離れていたが、すぐに関係を深め、1932年にエリュアールと離婚したあと1934年にダリと結婚。しかし、ダリと結婚したあともエリュアールとは関係をもっていた。

 

ガラは、常に若いアーティストが好きで、性的衝動も強く、晩年でも性的衝動は治らなかったのでダリの心配の元であった。しかし当時のシュールレアリスト達にとってなくてはならないミューズ的存在が彼女であった。ガラが1982年に死去すると、ダリは「自分の人生の舵を失った」と激しく落胆し、プボル城に引きこもるようになり、その翌年を最後に生涯、絵を描くこともなくなった。